ブレイク-エイジ外伝
     虚構世界の真実


  Ver2.2  「プリズムを通して・・・」


 がやがやと教室からのざわめきが廊下にまで響いてくる。

「ふわぁ・・・・・・」

 多恵香があくびをかみ締めながら教室に入ると、一瞬、教室の雰囲気が変わり、すぐにまた元のざわめく教室にもどる。多恵香にとっては、もう、なれっこになってしまった単なる朝の行事のようなもので、別段気にすることでもない。
 腰まである髪をポニーテ-ルに結い上げ、マキシスカートと 呼べるほどに改造された制服は、裾を短くするのが主流の今時の流行とは一線を画している。だが、ある程度の背の高さとスマートな身体を持ち、なぜか非常に姿勢のいい多恵香を引き立てるにはむしろこの方がよいように思える。様々な意味を持った級友の視線の中の何割かは彼女への好意によるものだろう。だが、そんなことは多恵香にとって意味の無いものでしかない。無視して窓際の一番後ろの席に腰掛ける。多恵香のクラスは三階の外側にあるので、窓からは辺りの風景が一望できる。
 多恵香が朝からきちんと来るようになったのは今年になってからだ。去年までは、SHR(ショートホームルーム)に出たことなぞ数えるほどしかない。  実際のところ、今でも朝早くから出てくる必要などないのだが、家にいるよりは、騒がしい分だけまだましなので、出てくる事にしている。まぁ、今年に入って急に来るようになったわけは別にあるのだが・・・・。

 キィィィィン コォォォォン カァァァァン コォォォォン

 始業のベルが校舎に響き渡り、それまでざわめいていた生徒達も各々、自分の席に付く。それでも席の近い者達は、席についたままお喋りに花をさかせているのは、どこのクラスも同じようなものだろう。
 そんな中、多恵香は、いつものように頬杖をついて外を眺めていた。晴れていて適度に雲がある、ほのぼのとした日。今日は、多恵香が一番好きな天気のようだ。開け放した窓から入ってくるそよ風を感じながら、そのまま何を考えるというわけでもなく、ただぼんやりとしている。

「起立」

 他の、型にはまりきった級友たちは、ガタガタと席をたつ。それも多恵香が気にするほどの事でもない。朝のSHRに出る事が約束であって、同じように型にはまる事まで約束した覚えはない、と言うのが多恵香の言い分だ。

「礼」「着席」

 他の生徒が席につくと、その強い奴が教卓に立っていた。
 飯島 登(いいじま のぼる)。引き締まった体躯をジャージに包んだ、見るからに体育教師と言う風体の、この2-Bの学級担任だ。昨年教師になったばかりの新任教師で、そのアバウトな性格ゆえに生徒受けはいい。
 そして、DPの腕はAランク。とはいえ、これは彼の実力をほとんど反映していない。なにせ、SAランクである多恵香ですら────その時、彼はまだCランクだった────、一度はこの男に負けてる。そしてその時の賭けの代価が、多恵香が朝のSHRに顔を出すようになった理由だ。
 飯島は教壇にたち、ぐるりと見回した。

「休みはいないな? では今日も一日、元気に頑張るように。以上!」

 それだけ言うと飯島は足取りも軽く教室を出ていく。生徒達もまたざわめき始める。これが、飯島教師の人気の理由の一つである“普段通り”の2-BのSHR。えてして語りたがる教師は、生徒からは良い目では見られないものだが、この教師も生徒と同じ考えの持ち主らしい。
 そして、やはり“普段通り”に、ざわめく教室を後にすると、多恵香は、屋上へと向かった。こんな気分の良い日に授業なんて受けるつもりはもうとうなく、いつもの場所でいつものように昼寝でもしようと言う算段だ。数多くの傷害事件───全て正当防衛───に関わり、成績が悪いわけでもなく、むしろ格段に良いほうの部類にはいる多恵香を、殆どの教師は扱いあぐねており、今や注意をする者すらほとんどいないのだ。  屋上への出入口を出て、右からまわりこむとそこに水を溜めておく為の貯水タンクがある。多恵香は少し勢いをつけるとそのタンクの台座の上に飛び乗った。
 改造制服でよく・・・と思えるほど鮮やかな動きだ。
 そして、そこから更に一段登った場所。屋上の出入口の屋根の上。“そこ”が多恵香のお気に入りのいつもの場所であった。
 風が結構吹くが見晴しは最高だ。端の方の風除けの影に防水処理を施されたバックが風に飛ばされないように置かれている。中身は敷物。半年ほど前に持ち込んだ物だ。
 敷物を広げてゴロンと横になる。
 空には雲が浮び、日差しもそれほど厳しいものではない。穏やかな風も多恵香をくすぐるように吹くだけだ。
 空に影が走る。
 目で追ってみると2羽のツバメが追いかけッこをしていた。実際には違うのかもしれないが、そう見えた事にはまちがいない。多恵香はツバメ達の様子を羨ましそうに見ていたが、いつしか静かな寝息が風にまぎれて広がっていった。





「・・・・聞こえないのか・・・・・・」

 微かな声が聞こえた気がした。
 薄く目を開けると、太陽はかなり西へ傾いている。

「その耳は飾りもんなんじゃないのぉ?」

 こんどははっきりと、多恵香の耳に聞こえてきた。
 いつしか、屋上は昼休みなどを静かにすごしたい者達が集まるようになって来てはいたが、この時間に人が来るのは珍しい。くすくすと笑う声からさっするに5、6人と言うところだろう。
 昔は、危ないと言う理由で屋上に居るだけで一部の教師が怒鳴り散らしたものだが、立ち入りを禁止したわけではないと、多恵香が、入り浸るようになってから、少しづつ人が集まりはじめた。当然の如く、教師達が文句を言いに来たりしたが、多恵香に論破されて、すごすごと帰っていった。喧嘩になれば明らかに多恵香の方が強いし、教師として女生徒と喧嘩なぞ体裁が悪い。仕方がなくその教師達は、唯一、多恵香に言う事を聞かせた実績のある────賭けで勝ってとは知らずに────飯島に事と次第を伝えて任せようとしたが、飯島は、

「いやぁ見事に正論ですなぁ。正論で屁理屈に打ち勝つなんて、まるで教師が生徒を説教してるみたいじゃないですか」

と笑いとばし、その教師達も苦虫を噛み潰したような表情ですごすごと引き下がった。と、生徒達の間には広まっている。

「黙ってんじゃねぇよ!」

 甲高い怒鳴り声が辺りに響く。どういう理由かは知らないが相当こじれてるのは確かだ。
 多恵香は上半身を起すと、バッグからウェットティッシュを取り出し顔を拭い、鏡を出して少し崩れた髪形を直した。その間にも下では事態が進んでいるが、それこそ多恵香には関係が無い。
 問題は、彼女らが、“ここ”で騒いでいると言うその一点だけ。
 さすがに化粧水は無いがそれは仕方が無い。リップクリームを塗ってから、鏡をしまう。

   原因の大半が相手にある為、公にならなかったり厳重注意ですんでいるが、多恵香は、両手でも数えきれない程の傷害事件にかかわっている。そして、そんな多恵香が屋上にいる事を知らない者は、この学校では非常に少なく、多恵香が理由のない暴力を嫌悪してる事を知らない者は、更に限られている。多恵香の見知りうる範囲で、虐めが起きていないのは、全て多恵香が叩き潰したからに他ならない。
 多恵香が自分なりの戦闘準備をしている間にも話しは続いていた。と言っても話し合ってるわけではなく、片方が一方的に話してるだけだ。

 パン

 唐突に甲高い音が響いた。周囲を囲む少女の一人が、返事をしない少女の頬を叩いたのだ。
 頬を叩かれた少女は、それでも、口をつぐんだまま、叩かれた頬に手を当てることもせずに俯いている。

「ねぇ。もしかして、学校では手は出されないとか思ってなぁい?」

 叩いた少女は、見下すように、黙っている少女に訊ねかける。
 それを見ている少女達が、くすくすと笑う。
「私達、お・ね・が・いしてるわけじゃ無いの」
「やれって命令してるのよ。また酷い目にあいたくなければね」

 それでも答えは聞こえない。だんだんと不快になる気持ちを押さえつけながら多恵香は、連中が今年の新入生である事をほぼ確信していた。“ここ”で多恵香のもっともきらいな事をやる馬鹿が他の生徒に居るとは思えない。実際にやってみた連中は、上級、同級問わず、二度と多恵香の回りには近づかない。

「それとも半殺しになりたいってんならそれでもいいぜ。前みたいにぼろぼろにしてやるよ」
「あんた口だけは固いしぃ。普段はここに居るってスケバンのせいにでもなったりして」
「スケバンなんて死語じゃん」

 キャハハハハハハハ・・・・・・
 薄暗くなった空に、耳ざわりな嬌声がこだまする。

「・・・気にいらないわね」

 多恵香は縁に寄ると、唖然として見上げる馬鹿顔にざっと一瞥をくれ観察した。
 いわゆるコギャルと呼ばれるやつらの典型だ。髪を抹茶色に染めて、標準よりもはるかに短いスカートとルーズソックスが見て取れる。多恵香もそれはそれでいいと思っているし、文句もない。もっとも自分には似合うとは思えないので真似る気はなく、髪も痛まない程度に微かに染めているだけだ。
 丁度出入口の横の壁に追い詰めて囲んでたらしい。この場所からだと追い詰められてた方は見えないが、追い詰めていた方の連中は真正面から見える事になる。

「な・・・・」
「汚い顔ね」

 相手が何か口にする前に、聞こえるようにはっきりと口に出してやる。
 その多恵香の言葉に、5人が顔を歪ませる。

「“ここ”で騒いだんだから、覚悟は出来てるわよね?」

 多恵香の継いだ言葉には、はっきりと侮蔑が込められていた。

「ふっ、ざけるな!」
「お前もこいつと同じ目に合わせてやるよっ!」

 怒りが全員に行き渡るのを見ると多恵香はその場に飛び降りるのを見計らって、5人の少女は好機とばかりに詰め寄る。
 そして、その結果、今だその場に立っているのは二人しか居ない。3人はそこかしこに転がってうめいている。
 多恵香は、降りる勢いを利用して、そのまま、身体に巻きつけた腕を斜めに振りまわすように、一人の喉に手刀を叩き込み、引き戻す手を身体の前で打ち合わせながら対する位置にいた少女のみぞおちに肘を叩き込んだ。5人共、多少喧嘩なれしているようだが、所詮素人の動きでしか無い。3人目は、多少なりとも武道の心得があるのか、体の中心軸上をガードしたが、多恵香は、一瞬で懐に潜り込み、背負い投げの要領で、床に叩き落とす。  そこまでで30秒ほど。多恵香の動きは、とても喧嘩なれしていると言うレベルではない。正式に武術を習った上で、それを何度も実践で使ってきた者の動きだ。
 残った少女達は、折りたたみ式のナイフを引っ張り出して構えるが、その手の震えを押える事はできないでいる。“ここ”の主の話は、聞いて知っていた。この学校で逆らう奴が居ないと言う話も、気に障るからと何人も潰されたと言う話も、“ここ”に居ると言う話も、全て聞いた上で、1対5で負けるはずがないとたかをくっていた。そいつを使いパシリにしてやろうとか、5人で笑っていた。それがどんなに愚かな事か知りもしないで。  多恵香は、素人5人でなんとかなる相手じゃなかった。いや10人でも相手になら無いだろう。もはや2人の少女の頭にあるのは、恐怖と、どうすれば自分が助かるかと言う単純な思考だけになっていた。
 多恵香は、自分に向けられたナイフを見て笑った。ただ普通に、何の含みもなく。その笑顔に一瞬あっけに取られた瞬間、一人は、ナイフを持つ手を掴まれていた。もう一人は、振りまわすような左手のピンタ一発で、吹っ飛ばされた。

「殺そうとしたのよね?」

 多恵香が、手を掴んだ少女に、大した事でも無いかのように尋ねかけた。
 ナイフを持つ手を掴まれた少女は、無言で首を横に振る。

「私を、殺そうとしたんでしょ?」

 震える少女のナイフを持った手を右手一本で掴みながら、重ねて問い掛ける。
 少女は、更に激しく首を振る。目には薄らと涙が浮かんでいる。

「・・・あ・・・・・・」

 少女は口を開いたが言葉にならない。

「つまり、殺されても文句言えないのよね」

 多恵香がそう続けてから、目に恐怖が浮かぶまでが数秒。それを確認してから多恵香は、掴んでいた手を強く引きつけると同時に内側から回すように鳩尾に肘を叩きこんだ。少女は、多恵香が手を離すと、そのまま崩れるように倒れ込む。
 全員が伸びるのに3分とかからなかった。もともと弱いものいじめや暴行を喧嘩だと自己認識していたのだろう。鞭のようにしなりながら襲ってくる勢いのついた手刀を止められるわけがない。心眼流と言う古武術の流れを汲む多恵香の技は、女性とは思えない程に重い。

「・・・・ふん。くだらない連中」

 多恵香は、床の上でうめく5人を冷たい目で見下ろす。

キィィィ

 唐突に扉の開く音が耳に入る。振り向けば一人の女生徒が屋上から出て行こうとする所が目に入った。この惨状を見ても動じる気配は微塵もないし、後ろ姿からはどこかに怪我をしてるようにも見えない。
 だが、絡まれていたのはこの子だろう。腰に届くかどうかという長さの後ろ髪が、風に触られて広がる。

「おい」

 多恵香の呼び止めを、女生徒は無視と言う形で返す。

「助けてもらっといて無視かい」

 むっとして、階段を降りてく後ろ姿に、さらに声をかけると、彼女はやっと足を止めた。

「ありがとう。これでいい? もっとも助けてくれなんて頼んだ覚えはないけど」

 振り向きもせずにそれだけ言うと、その女生徒はそのまま階段を降りて行く。声は耳に心地好い澄んだメゾソプラノだったが、その声は透明で、感情といえるものが感じられない。
 そのまま降りて行くその女生徒の後ろ姿を、多恵香は怒りもせずに見送った。怒りを感じる前に、あっけに取られてしまったとでも言えば良いだろう。まったく物怖じのしない性格に、無関心を装う態度。いつもあの調子であるならば、さぞかし敵も多い事だろう。
 自分のように力があればともかく、無ければ・・・。

「・・・やってられないわね」

 後ろ姿が見えなくなってからしばらくして、柄じゃない事を考えていた自分に気づき、多恵香はぽそりとつぶやく。

「本当にやってられない」

 もう一度呟くと、多恵香もまたその階段を下っていく。時間的に、授業は全て終わっている頃だろう。
 多恵香は、真直ぐに自分の教室へ向かった。
 思った通り、授業は全て終わっていて、部屋には誰もいない。多恵香は、窓際の自分の机に寄ると、持ってかえる荷物を手に取る。部屋を出るときに時計に目をやると、まだ夕方のバトルロイヤルには間に合いそうだ。
 ここからの帰り道だと、川越店がもっとも知り合いが多く、顔を知られていない。多恵香は、寄り道していく事を決めると、悠然と踵を返した。


To Be Continued!


あとがき
 今回はDPもVPも出てきません。・・・なんか、活劇物と化してるような(--;;
 次回は、新キャラ&新VPの登場です。きっちりDPの話ですのでご安心を(^^;

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