カント市の一日

by 龍童真君





 モブス王国の首都カント市の寂れた一角に、商店『イグニスの片腕』と言う一風変った店が看板を揺らしている。
 店主は、ソルリアーナと名乗る一人の少女。とは言え、本当に少女なのかその町に知っている者は誰も居ない。その少女の纏う雰囲気の衣は、その年齢を幻に包み込んでしまうから。

 その店のカウンターには、一冊の書物がしまわれている。
 表紙には最初「祭り」と書かれていたらしい。だが今は、その言葉は二本の横線で消されており、代わりに「覚書」と書かれている。
 その本の後ろ三分の一ぐらいは、白紙のまま。前の三分の二は、きめ細かな字が書き付けられている。
 中ほどを開けて見ると、海にあがる花火の事がかかれている。何年か前の祭りの事のようだ。更にもう少し前のページを開くと、妹がゴブリナを連れて帰ってきたと書かれている。
 この書物の一枚一枚にはちょっとした物語が書き留めてあるのだ。現実に起きた物語が。
 もちろんいつも物語になるような凄い事件がおきているわけではない。本当に何気ない、ちょっとした物語が大半をしめる。

 たとえば一番新しい文章はこんな感じに・・・。


◇   ◆   ◇


 幻暦三月七日

 今日は本当によい天気です。久しぶりに店の窓と言う窓を開け放して風を通します。
 もちろん塩風に弱いものなどは、隙間無く閉まるキガの葉の箱の中に閉まってあるから大丈夫。でも、もう空箱が無いので新しいのを買ってこないと・・・。一刻程してから窓を閉めて、扉に「品卸の為本日閉店」の札を下げる。これで大丈夫。ではでかけましょうか。

 普段は殺風景なこの辺りも、この時期は草花と陽の光に彩られ穏やかな雰囲気に包まれる。別にそれで実際の生活が変るわけでもないのだろうけど、どこかしら人々の雰囲気も穏やかになっているような気がする。
 潮の香りを乗せたそよ風に吹かれながら少し歩くと、すぐに表通りに出る。ここにはいつでも人々の活気が満ちている。それでも昼にはまだ早いので多少人は少ない。それにこの時間帯は、店同士の取引の方が多いので、派手な客引きはあまり行われない。
 目当ての店に入る。
 私は大抵この店で買う事にしている。品物の種類が豊富で質が良いし値段も納得できるものだから。店主は、代替わりして、やっと青年とよばれるようになったばかりの若者だが、先代の意思をついで常に新しい物に目を配りながら古い物もおろそかにはしていない。品物を見る目がいいのだろう。派手な客引きはしていないが、私のような他の店の者達からは、確かな信用を手に入れている。
「今日はどのようなご用件ですか?」
「キガの葉の箱を切らしてしまって。良いのがあるかしら?」
「少々お待ちください・・・今は、こんなところですね」
 青年が取り出してきた幾つかの箱を見せてもらう。
 あまり気に入ったのが無い。装飾や葉の模様は気に入った物もあるのだが、適当な大きさの物がない。
「そうですか・・・では昼過ぎにでももう一度いらっしゃいませんか? ちょうど昼に新しい品が届きますので」
 私が箱の大きさの事を尋ねると、青年はそう教えてくれた。
 私は少し考えてから青年の提案を受けることにする。本当は箱を手に入れたら店に戻るつもりだったが、たまにはあちこちの店を覗いて回るのもいいかもしれない。

 店をでて通りを海の方に降りていくと、広場に出る。辺りに様々な屋台が建ち並び、美味しそうな匂いが、空腹のお腹を刺激する。
 そういえば今日は、朝にお粥を少し食べただけだ。いつもはそれで足りているんだけど・・・。
 ふと、この屋台の群は、屋台の主達によって管理されていると言う話を、耳にした事があったのを思い出した。なんでもこの広場に屋台を出すには、最低でも十人以上の屋台の主に味を認められなければならないとか。そうやって、美味しいけどすごい匂いのするものや、珍味だけど美味しいとは言いがたいものなどは、締め出してるとかなんとか・・・。
 もちろん今屋台を出している主も、広場の半数の主からの要請があれば、この広場では屋台をたたまなければならない。
 だから主達も腕の精進に余念がないとか言う話だったはずだ。中には別の場所に店を構えているのに、そちらは人に任せて、屋台をやっている人も居るとか居ないとか。

『この広場には不味いものは無い』
 そう人々に言われ親しまれているこれらの屋台を、一番良く利用するのは、旅商や旅人、そして船からあがったばかりの船員達だ。どうやらかなり大きな船団がついたらしい。殆どの屋台は日焼けした船員達で席が埋め尽くされていた。
 そういばもう日は天高くに上がっている。お腹もすく筈だ。私もお昼にしよう。
「ここあいています?」
「おぅ。・・・とこりゃ別嬪な嬢ちゃんだな」
 屋台の前の数人の船員達が腰掛けている席が一つ空いているのを見つけて入れてもらう。皆、強面の大男だったりするが、以外に陸にあがった船員はおおらかで気持ちの良い人が多い。広大な海の間にいると、小さな事で心を揺らすのが馬鹿らしくなるのかも。
「珍しいソルリアーネじゃないか。仕入れかい?」
「ええ、本当はただの買い物だったんですけど、昼過ぎには品物が増えると聞いたのでそれまで見て回ろうと思って」
 屋台の主達には、結構知り合いが多い。“うち”はかなり変ったものを扱っているが、その中には食器や、調味料になる薬木とかもある。新しい料理に行き詰まってそれらの珍品を目当てにうちに来る人も稀に居ると言うことだ。
「仕入れってこんな嬢ちゃんが? まさか」
「彼女はこんななりでも一店の店主だよ」
 船員の質問に頼んだ料理を持ってきた屋台の主が答える。けど
「・・・何気に失礼な事言ってません?」
 ぽそりと呟いたら二人とも動きが止まりましたわ。結局、それを理由に、お昼はおごっていただけましたから些細な事を水に、いえ海に流してしまいましょう。

 お腹も満足したので、そのまま港まで行ってみる事にします。
 港の方へすこし向えば、すぐに港の様子が目に飛び込んできます。キラキラと輝く湾の中には、予想通り、三十隻程の艦隊に守られた五十隻にも及ぶ大船団が、錨を下ろしていました。朝には入港していたらしく今積荷を下ろしているのは、半数ぐらい。残りは船の整備に入っているみたいですね。
「こんにちわ」
「ソルリアーネ。珍しく耳が早いな、これから使いを出そうかと思っていたんだが」
「それは無駄足をさせずにすんで何よりでしたわ」
 港湾官とは顔見知りだからこの程度で入れてもらえる。でも普通は商人であっても港には入れてもらえないもの。商王の手形ってやっぱり凄いものなんだなぁと改めて思ってしまいます。
 潮の香りが少し強くなったような気がします。そして絶えず耳に流れ込む波の音を伴奏に、港湾施設付きの労務達と船員達の陽気な荷運びの歌声があちこちで聞こえてきます。
 次々に陸揚げされた品物は、ざっと中身を確認してから倉庫へと収められていきます。その様子を横目に見ながら私は、入船管理場に向かいました。目当ての船が今回入港してきたかを確認してもらって、その船の積荷がどの倉庫に運ばれたかを確認する為です。
「その船の荷ならば、四、五、八、十六。残りはまだ上げている最中ですが、二十一、二十八になるはずです」
 何度か反復して覚えてから、管理官に礼を言って戻ります。
 今教えてもらった倉庫に荷を下ろした船の船長達は、みんな私の知り合いです。そして私の店は品数そのものは大量に入荷するわけではない───種類こそは膨大ですけど───ので、船長などの私物に混ぜて少量を持ち込んでもらった方が安くあがるのです。
 四番倉庫に入った所で労務や船員達の仕事を眺めていた偉丈夫が、私に声をかけてきました。 「よう。記録だな」
「お久しぶりです。でも記録というのは?」
「船が入ってからおまえが来るまでの時間だよ。おまえここに入れる商人の中では一番遅く来るからな」
「・・・・・・」
「しかしおまえさんでも、流石に荷がこれでは早々に出向いてきたな。・・・おい。ちゃんと賭け金払えよ」
 最後の言葉は、副船長に言った言葉です。でも、私が賭けの題材・・・。
「・・・ところで何が荷だったのですか?」
「何って知ってて来たんじゃないのか?」
「知りません」
 私が首を振って答えると、船長は以外そうな顔をしてみせましたけど、すぐに気を取り直したのか、その品を見せてくれました。

 薄暗い倉庫の中に淡く輝くような結晶。これほどの大きさの物となれば水晶でもめったに目にすることは無いのですけど、これは水晶ではありませんでした。これは本来ならば手に入らないはずの物。異なる世界の樹木なのです。
「これは月晶樹!? 大きい・・・」
「枝じゃなくて幹の方な。俺も初めて見た。なんでも難破船から引き上げたらしい。とんでもなく値が張ったが、この大きさでの儲けは他の物とは桁違いだからな、なんとか詰め込んできた。あんたなら、きちんと引き取ってくれるだろ?」
「喜んで! でも手持ちでは足りないので手形になりますけど構いません?」
「一晩付き合ってくれるならいいよ」
 私は眉をひそめました。この船長は、いい人なのですが、家族を持ちながらこういう事を平気で言うのです。
「本気で言ってます?」
「おう、本気本気。欲しいんだろ?」
 船長は、後ろ手に月晶樹を指差します。私は、船長を睨みつけました。
「・・・家族を捨ててくださいます?」
「え?」
 船長は答えるべき言葉が決まらないのか、口を開いたり閉じたりしている。まるで泡を食べたかのようだ。
「あ、あのな・・・」
 この人は、こう見えても、家族想いの愛妻家なのです。私は、慌てる様子を十分堪能してから微笑みます。
「換金してきます。きっちり現金でお支払いしますわ」
「い、いや手形でいいよ手形で」
 困ったように頭をかく船長の様子に。周囲で見物していた船員達と一緒に私も笑ってしまいました。

 他の船長達との取引も終え、まとめて送ってもらえるよう手続きを終えると、私は港を後にしました。
 日はだいぶ傾いています。この時間ともなると、道は夕食の用意の為に食材を買う人たちで一杯になります。人々を呼び止める景気の良い掛け声が、店と言う店からかけられているかのように錯覚しそうになります。
「あ、いらっしゃい。お待ちしていました」
 今日の目的だった店に入ると、若い店長が、早速声をかけてきました。
「えーと、昼に入ったのはこちらですね」
 そういって彼が見せてくれたのは、朝に見たのと同じぐらいの数の箱です。欲しかった大きさの物も何種類も入っているようです。
「これがちょうどいいわ」
「これですね。お幾つ、いりようですか?」
「三つ。いえ四つください」
 青年は軽い蔓で四つの箱を一まとめにしてくれました。
 代価を支払い外へでると、何時の間にか空が赤みはじめています。
 そろそろ帰る時間のようです。
 月に一日ぐらいはこんな日があってもいいかもしれない等と考えながら、店へ帰ります。


◇   ◆   ◇


「おねぇちゃん。アクレアの葉の等級別け終わったよぉ」
「おわり おわり 」
 そんな妹とゴブリナの声が店に響く。ソルリアーナは、手にしていた筆を置くと、優雅に立ちあがった。
「おねぇちゃん?」
「まって、今、行くから」
 ソルリアーナは、その書物を閉じると、カウンターの横に備え付けられている、引き出しに丁寧に仕舞う。
「おねぇちゃん!」
「はい、はい」
「まったく一人だけ町に遊びに行っちゃってさ、来たら閉まってるんだもん」
「ごめんなさい、でもね」
「ああ、もういい。とにかく夕食!」
「夕食! 夕食!」
 ソルリアーナは苦笑すると、妹達の騒ぐ店の奥に消えていった。