〜竜殺しの伝承 記されぬ冒険〜

by 龍童真君



 血しぶきをあげ、倒れる。それは、数メートルはあろうかと言う巨大な人間。バサバサの黒髪を持ち獣の皮を継ぎ足した衣服を身に着けているが、それも今や、切り傷だらけのボロ布にほかならない。

 周囲が暗く闇に沈む中、倒れた巨人とその前に立つ六つの影を包むように、その空間だけは、光に包まれていた。
 黒髪の男が、静かに構えを解く。その横顔は、幼さと鋭さが同居したような奇妙な魅力が漂っており、男が以外に若い───案外、少年の域を出ていないのかもしれない───のが判る。
 その手に握られた真紅の剣が、一瞬脈動するが、誰もその事に反応しない。
「フー・・・これで何匹目だ?」
 そう尋ねる男の横で、銀髪の男は、無言のまま、青い燐光を放つ長剣を一振りして、血糊を払う。
「3匹です。正しくは三人ですけど」
 仲間の治療をしていた純白の鎧に身を包んだ男が、答える。その男が立ち上がると、黄金色の髪がさらさらと流れた。
「どちらでもいい。治療が終わったんなら行くぞ」
 六人の中でも一際大きな影が、皆を促す。2本の角、青く光るうろこ、鋭い牙、太い尻尾、一組の翼。その姿はどう見ても、魔獣の中の魔獣ドラゴンだ。ただ、大きさは、人より頭一つ大きい程度。その鎧に身を包んだ体型も筋肉質の人間と変わりないように見える。“ドラゴニック・ハーフ”、竜と人との間に存在すると言う種族だろう。彼等は、竜王を崇め、普通の竜を下等な者として敵意を向ける。彼等は、竜王に、強さを奉げる為、戦いの中に身を置く者が多い。
「リーナ。どうだ?」
 竜人は、長めの首を廻らせて、小柄な人影に声をかける。
「どうやら、罠はにゃさそうだにゃ」
 先にこの部屋の扉を調べていた一人が、その呼びかけに答えた。その姿は、人の腰ぐらいの背丈の直立した猫だ。甲高い声と、チャラチャラした服装と、首につけている大きなリボンから察するにどうやら女性であるらしい。
「なら、開けてみろよ」
「それは、私の仕事じゃにゃいにゃ。そんなに開けたいにゃらドークスが開ければいいにゃ」
 ドークスと呼ばれた竜人は、鼻息を荒立て、無言のままそっぽを向いた。直立猫のリーナも、それ以上突っ込まずに、他の仲間の方に歩いていく。
「それじゃ、進むぞ」
 二人の言い合いと、青い髪の少女の応急手当が終わるのを見て、黒髪の男が、扉に向かい歩き出した。片手に真紅の剣をぶら下げたまま、リーナの調べていた扉に近づき、躊躇無く開け放つ。
 ピュン
 微かな風切り音が、静寂に響く。
 扉はまだ開かれていなかった。そして、男は、取っ手から手を離し、おもむろにリーナへと向き直った。
 男の胸元には、小さめの短矢が突き刺さっている。男は、矢を抜きもせず、ただ、リーナを無表情に見下ろす。
「“こんど”は、ポイズン・アローのトラップのようですね」
 リーナの背後にいた男が、自分の金髪を片手で弄りながら、呟く。
「ふ、不可抗力だにゃ。こういう事も、偶にはあるにゃ!」
「どやかましい!!」
 リーナの甲高い声を、斬って、刺して、殴って、叩き壊すかのように、黒髪の男の怒声が、響き渡る。
「てめえ、罠を見落としたの、これで何回目だ!」
「朝から、つまり、ここに潜ってから3回目ですね」
「ほら、まだたったの3回だって・・・」
「扉の数も3つでしたけど」
 金髪の男の突っ込みに、しばし、場が沈黙する。
 結局、その沈黙を打ち砕いたのは、青い髪をした少女だった。
 その少女は、こんな場所には、普通の衣服を身に纏い、片手に全面に装飾を掘り込まれたスタッフを持ち、赤い豪華なつくりのマントを羽織っている。
「そこらへんにしときなさいよ」
 美しい声だ。
 聞いたものを魅了する、エコーがかかったような独特の声。
 少女は、そんな声で、あきれたように沈黙に割り込むと、黒髪の男に目をやる。
「ねぇ、ゾア。初歩の初歩のポイズンアローなんて罠に気づかないのと、迷宮の真っ只中で、大声だすのと、どっちが問題だと思う?」
「どちらも問題ですね」
 その言葉に、少女はゾアから、黙って視線をはずし、金髪の男に向き直る。
「ねぇ桜羅。あ・ん・た・は、だ・ま・っ・て・て」
「シルアさんがそう言うのでしたら、善処致しましょう」
 シルアは、素直に頷く桜羅の眉目秀麗な笑顔を、ちょっと睨むが、すぐにゾアに向き直る。
「まったく。納得したら、とっとと進もうよ。それとも町まで戻って、新しいシーフを探す気?」
 ゾアは、シルアの問いに無言を返すと、扉に向き直り再び取っ手を握る。
 この迷宮から町まで2週間以上かかるうえ、なんだかんだ言いながら多くの冒険をこなしてきた仲間だ。ぶつかり合いも、一種のコミュニケーション。熱くなるのも早ければ、覚めるのも早い。なにより、こんな場所では、危険はいつでも傍にある事を、今までの経験から熟知している。
「次は、ミスるなよ」
「まかしとくにゃ」
 ゾアの背中越しの言葉に、巨人の死骸をあさりながら、リーナが元気よく答える。
「・・・それでは、そろそろ先に進むとしよう。他のパーティに、先をこされるのはごめんだからな」
「レイゼンの言う通りよ。こんなとこで道草くってる暇はないわ」
 シルアと、それまで黙っていた銀髪の男“レイゼン”の言葉に、他の者達も頷く。
「わぁったよ。じゃぁ開けるぞ」
 周囲に声をかけると、ゾアは、こんどこそ一気に扉を開いた。
 開けきった扉が、壁にあたり、大きな音がした。
 そのまましばらく様子をうかがうが、その先からは、何の気配もしない。
 最初にその状況に耐えられなくなったのか、リーナが先頭まで出てきて、静かに扉の先をうかがう。
「・・・大丈夫みたいにゃ」
 その言葉に少し張り詰めた空気が緩んだ。  慎重に中に入っていくリーナを、他のメンバーも後を追う。
 そこは、広間と言っていいだけの空間だった。今まで居た部屋の幅の3倍ほど先に、壁と扉が見える。
「どうやら間違いないようですね」
 桜羅が、その扉にかかったプレートと、手の中の紙面を比べて断言する。

“ヘッドルーム”

 桜羅が断言した以上は、そのプレートには、古代神聖語で、そう書かれているはずだ。 「とすると、こっちが“ハート・ルーム”か」
 レイゼンが振り返ると、そこには、たった今入ってきた、開け放された扉のほかに、もう一枚プレートの下がったトビラがある。
「“ハート・ルーム”は、“ブラッド・ルーム”たしか、あの男はそう言っていたな」
 レイゼンは、横から桜羅の見ている地図を奪うと、その端の方に書かれた一文に目を通す。
「間違いない」
 地図を桜羅に返しながら、レイゼンの視線はゾアへ向かう。
「行って見ようぜ。危険は元気な時の方がいい」
「わかった」
 ゾアの笑いに答えて、軽く肩をすくめる。 「じゃぁ調べるのね」
 リーナが、音を立てずにハートルームの扉に近づく。
「あまり、気が進みませんねぇ」
 桜羅が、地図をしまいながら、反論するが、そのぼやきは、誰も耳を貸さない。少し危険に近づく時に、彼がぼやくのはいつもの事だからだ。
「罠はにゃいし。鍵も掛かってにゃいよ」
「こんどこそ大丈夫だろうな」
 その判断に、ゾアが念を押すが、リーナは、自信満々だ。
「間違いにゃいって。でも魔法の罠まではわからにゃいよ」
 ゾアは、少し考え込む。確かに、魔法の罠はシーフではわからない。それがわかるのは・・・。
「・・・シルア」
「無意味だよ。魔法の罠が発動したらわかるけどそれじゃ遅いでしょ?」
 シルアの答えはそっけないものだ。ゾアは、納得したのか、渋々といった感じで、取っ手に手を伸ばす。
「じゃぁ行くぞ」
 振り向いて確認すると、全員が頷く。
 ゾアは、勢いよく扉をあけた。
「ほら大丈夫だったでしょ?」
 リーナが、機嫌よくゾアに話し掛ける。だが、ゾアの返事は、その機嫌も吹き飛ばすものだった。
「黙れ。何か居るぞ!」
 すでに気づいている者は、張り詰めており、残りのものその言葉に集中力を高め、即座に反応できるように構える。

クスクスクスクスオホホホホホホホウフフフフフ・・・

「なんだこの不気味な笑い声は・・・」
 ドークスが、はき捨てるように呟く。
 それを受けて、桜羅が、子袋から、光る小石を取り出し、部屋の中に投げ入れる。

・・・フフフアハハハハハオホホホホホフフフ・・・

 部屋の中を小石が明るく照らし出し、中に居る者が姿を見せる。
 その姿は、妖艶な美女であった。美しい黒髪を宝石を散りばめたような黄金の冠で押え、残りは足元まで流している。身に纏うのは、体の線がくっきりとでる、紫色のドレス。そして、足元には、からからに風化した死体の山。その山に、勝手に蠢く髪が絡みついている。
「どうやら、ご同業のようね」
 シルアが、女の足元の死体を嫌そうに見ながら、呟く。

・・・フフフオホホホホホウフフフアハハハハハ・・・

 最初に動いたのは、桜羅だった。
『我が神よ その偉大な力もて戦いに向う我等にわずかばかりの祝福を与えたまえ』
 桜羅が、“祝福”の祝文を唱える。仲間全員を微かな燐光が包む。僅かながら、体の切れを良くし、戦いを有利に運ぶ補助系の魔法だ。

 その次に動いたのは3人。
 ゾア、レイゼンの順で駆け込み、その後に、ドークスが続く。が、最初に接敵したのは、ドークスだった。
 僅かながらのスペースを一気に滑空して肉薄する。その手に握られる剣が、一気に敵を切り裂く。

ギャァァァァァウフフッフヒーッヒヒヒヒフフフ・・・

「な、なんだ!?」
 切りつけられた女は、悲鳴をあげながら笑いつづける。
だが、驚きの声をあげて、ドークスが飛びのいたのは、その傷口から噴出した体液を避ける為だ。
 慌てて距離を取るドークスを尻目に、地面に落ちた体液が、沸騰したかの用にあわ立ち膨らむ。

・・・ウフフフッフフフッフオホホホッホホホ・・・・
クスクスクスクスクスアハハハハハハ・・・
膨らみは、赤いボディスーツに身を纏った50cm程の少女の姿になり、蝙蝠のような羽が、笑い声に合わせて揺れる。
「!!  逃げるわよっ!! そいつは“リリス”と“リリム”よ!」
 その笑い声に割り込んで、悲鳴のようなシルアの叫びが聞こえる。レイゼンの動きが、その言葉に一瞬止まるが、一人、ゾアだけが、それを無視する。
「へ! こんな奴等一撃で十分だぜ!!」
 背後まで引き絞った真紅の剣が、一瞬で黒い光を纏う。
「くらえぇ!」
 踏みしめた地面から、放射状にヒビが入るのと同時に、漆黒の光の剣が、一閃する。  命を飲み込み、あらゆる物を破壊する、“流派”と称される異能の技“エビルカリバー”が、リリスを一刀の元に切り捨てた。

ギヒィヤァァァァァァハハハハ・・・ハハ・・・・
・・・キャハハハハハハ・・・・・・・・・

 リリムの笑い声と重なった。絶叫と共に、リリスの体が、斜めにづれる。
「ばか!!」
 そして、シルアの罵声と、切り捨てられたリリスの体から、大量の体液が噴出すのは、ほぼ同時だった。
 空気中に飛び散った体液は、地面に落ちる前に膨らみ姿を変えていく。

・・・キャハハハハハハ・・・・・・・・・ クスクスクスクスクスアハハハハハハ・・・クスクスクスクスクスアハハハハハハ・・・クスクスクスクスクスアハハハハハハ・・・・・・キャハハハハハハ・・・・・・・・・・クスクスクスクスクスアハハハハハハ・・・

「な、なんだこりゃ!」
 叫ぶゾアの目の前には、ボロボロに成り果てた“リリス”の死骸と共に数十人の“リリス”が浮かんでいた。
「・・・ゾア、ドークス、退くぞ!」
 レイゼンは、二人に呼びかけると、たった一つの入り口を目指して、全力で駆け出す。ドークスもすぐその後に続くが、“エビルカリバー”で体勢を崩したゾアだけが、咄嗟に動けない。
『万能なる力 源より溢れ出す一欠けらの力持ちて 風を越え 光を越え 我が示す者 存在の全てを 異なる場所に現さん』
 笑い声の中、ただシルアの声が響く。そして、ゾアは、その場より消え、シルアの横に現れる。“瞬きの門”の呪文が効果を発揮し、シルアは溜息をつく。

 バタン

 リーナが、二人が飛び出して来た所で扉を閉める。
 そのまま、暫く様子を見るが、中からは、何の音もしない。
「・・・・もしかしたら、この部屋だけ次元が違うのかもね」
 シルアが、前髪をかきあげながら呟く。
「な、なんなんだよ。あれは!」
 ようやく、少し落ち着いたゾアが、突如、シルアに食ってかかる。
「だから、“リリス”と“リリム”だってば。この世界に降臨した記録のある奴の中でも最高ランクの悪魔だよ」
 シルアは、ゾアを白い目で見ながら説明を続ける。
「“リリス”も“リリム”も、持ってる特殊能力は、3つ。“狂気の転生”と“狂気の母”と呼ばれる能力を持っていてね、“狂気の転生”は、死んだ時に、死ぬ直前の命の大きさに比例して、多量の“リリム”を生み出すの。もう一つは、傷の数だけ、その時受けたダメージに比例するサイズの“リリム”を生み出すの」
「な、なんだそりゃ!」
 リリムの説明にゾアが、唖然とした声をあげる。
「シルアさん、三つ目の能力ってなんですか?」
 そのゾアにヒーリングポーションを渡しながら、桜羅が、話に混ざってきた。使用者の命を喰らう異能力を使った反動を、癒さなければ、次の戦いに影響する。ゾアはおとなしくそのポーションを受け取る。
 シルアは、そんなゾアに白い目を向けたまま、桜羅の問いに答えた。
「高レベルのエネルギードレイン」
 周りが沈黙したのを見て、シルアがゾアから視線を外して、周囲を見回す。
「以前降臨した時は、彼女等が飽きて帰るまでに5つの国を滅ぼした最凶最悪の悪魔だよ。」
「よくそんなのから逃げ切れましたねぇ」
「ここだからだな。もし一匹でも外に出したら、とんでもない事になってただろう」
「そんにゃ事にならなくてよかったにゃぁ」
 皆が話してる間、ゾアは、口をつぐんだまま、ポーションを飲むのに専念する振りをしていた。


「さて、十分ゾアを虐めた事だし、そろそろ進むとするか」
 そう言ったレイゼンを、ゾアが睨みつけるが、それだけで口はつぐんだままだ。
「ようやくか」
 首をゴキゴキと鳴らして、座り込んでいたドークスが立ち上がる。
「進む道はとりあえず3つ。“ヘッドルーム”か“右手の間”か“左手の間”」
「三つじゃない一つだ。とっとと“左手の間”に向うぞ」
 シルアの言葉を、レイゼンが邪険に払う。
 だが、シルアもこのまま黙ってはいない。
「なんでよ。いいじゃない左手だって」
「いいわけあるか。そもそも俺たちの目的は、ゾアの復讐の聖剣。“真紅のヘルザネイズ”の強化の為に、アルタニスの鎚を手に入れる事だぞ」
「ならなんで“ハート・ルーム”なんて入ったのよ」
「あの巨人程度のレベルなら、結構稼ぎになるかと思ったからだ。だから反対はしなかった」
「お前等いい加減にしろ。とっとと行くぞ」
 終りの無さそうなシルアとレイゼンの言い合いに、ゾアが割り込む。
 シルアは、憤然とゾアを睨み、レイゼンは冷静にゾアに向ける。だが、二人ともゾアには何も言わずに顔をそむける。
「では話もまとまったみたいですし、そろそろ進みましょう」
 桜羅の一言で、皆が“左手の間”へと伸びる通路を進んだ。

「ここも、大丈夫だよ」
 リーナの言葉に、ゾアが前にでる。

 カチャ

 扉は、ゾアが触れただけで開く。一瞬、後衛の者達が顔を見合わせるが、ゾアは、気にもせずに、中へ踏み込む。
 中は、そこそこの広さを持つ部屋だった。天井が発光しているらしく、中は明るいが、天井がかなり高いので、はっきりとはわからない。
 部屋の奥には、一人の男が石台に寄りかかって座っていた。石台の上には、がっしりとした造りの箱が置かれている。男は、ゆっくりと立ち上がり、立てかけてあった、剣を手に取る。

『よく来た。力求めし者達よ』

 右手に剣、左手に盾、顔の上半分を隠した兜に、重厚な鎧。
 その男は、力を極めた者だけが持つ雰囲気と威圧感を持ち、6人が、部屋に入るのを待ち構える。
 そして、6人が入ると扉はゆっくりと閉まり、男は、再び口を開いた。

『私は、アルタニスの鎚を守りし者。コルディス。力求めし者よ。汝が全てを持ちて、その資格を示せ』

 感情の篭もらない声でそれだけ言うと、コルディスと名乗った男は、剣の切っ先をゾア達に向ける。
「問答無用かよ。話し合いとかは無し?」

『然り。来ぬならば、こちらから行くが?』
 コルディスの返答に、ゾア達にも緊張が走る。戦うしかない事を、皆が理解したのだ。
「参るっ!」
 緊迫を打ち破り、最初に動いたのは、レイゼンだ。銀髪をなびかせて、一気にコルディスに詰め寄る。それに一歩遅れてドークスが、翼を羽ばたかせ左側に回りこみ、ゾアは、少しコルディスから離れた間合いを取る。
 レイゼンの持つ剣が、青き輝きを纏う。
「はぁぁ!」
 裂ぱくの気合と共に、身体に引き付けた剣を、弾丸の如く突き放った。
 キィン
 甲高い音を上げて、コルディスがその一撃を受け流す。だが、レイゼンも負けてはいない。目に霞むほどの速さで引き戻した剣を、再度突き出す。
 一瞬の攻防の中で、4回の甲高い音が響き最後に、5回目は多少低めの音が響く。
 レイゼンの、目には重なって見える程の、多段突きでも、その殆どが、受け流され、唯一当たった一撃も鎧で弾かれた。だが、レイゼンの表情には、微かな微笑みが浮かぶ。ほんの僅かなコルディスの体勢の崩れ。それを作り出すのが、レイゼンの役割だったからだ。
 すかさず、ドークスが、襲い掛かる。何の小細工も無しの、力強い一撃。コルディスは、受けきれぬと見たか、防御を捨て反撃に転ずる。なぎ払われる剣閃が、ドークスの巨躯を吹き飛ばし、その攻撃を弱体化させる。だが、さすがのコルディスも、無理な体勢からの攻撃で、体が大きく揺らぐ。
 そして、完全に体勢の崩れる所を見計らったようにゾアが動いた。手にした真紅の剣は、すでに黒い閃光を纏っている。
「はぁぁ!!」
 裂ぱくの気合と共に、振り下ろされる一撃が、コルディスの肩口を完全に捕らえる。

『・・・・なかなかやるな』

 だか、とどめをさすには、至らない。
 コルディスは、振り下ろしたゾアの手元を盾で叩き上げる事で、その威力を殺したのだ。
「くっ」
 ゾアが、舌打ちをして間合いを取る。レイゼンも今の攻撃の間に体勢を立て直し、ドークスも叩きつけられる前に、体勢を立て直して空中に浮かんでいる。
 コルディスが、初めて自ら動いた。その手に持つ剣を高らかに掲げる。

『四聖剣よ その力解き放て ここは炎の海なり』

 朗々たる声が響き、四聖剣が、赤く輝く。  突如、コルディスを中心に、炎が溢れ出し床を埋め尽くす。
「な、なんだこれは!?」
 咄嗟に、ドークスが飛び上がる。
「捕まってください」
「う、うん」
「にゃ」
 桜羅の鎧の背中の部分から、純白の翼が現れ、その身を中空へと押し上げる。

『ほぉ。エンジェリック・ハーフか』

 その言葉に桜羅は、肯定の微笑みを返す。
 人と天使の間に生まれたとされる存在。天界に帰ることはできずとも、この世界で、最も深い神とのつながりを持つ一族に違いない。

『知ってはいたが、初めて見たぞ』

「絶対数が少ないですからね」
 コルディスの言葉に、桜羅が答える。
「でも絶対数と言えば、・・・・・その方も 少ないですよ」
 桜羅のおしゃべりには、コルディスの意識をひきつける意味もあったようだが、それはあまり意味がなかったようだ。
 炎に隠れて奇襲をかけたレイゼンの攻撃にも、コルディスは落ち着いて受け流す。
「くそっ」
 あちらこちらに焦げ痕を作りながらも、レイゼンは果敢に攻撃を繰り返す。
「レイゼン。だから翼は出せるようにした方が良いと言っておりましたのに」
「俺は、飛ぶのは嫌いなんだよ!」
 上からの桜羅の言葉に、レイゼンが焦燥を隠すように叫び返す。

『炎にかなりの耐性があるようだな。・・・そうか、炎獄系の“デモニック・ハーフ”か』
 叫んだ一瞬に、レイゼンを剣撃で、叩き伏せながら、コルディスの冷静な声が響く。

『では、こちらの方が好みかな? 四聖剣よ その力解き放て ここは水の世界なり』

 コルディスの掲げる四聖剣が、青く輝く。  突如、炎が消え、部屋を水が、埋め尽くした。

「「「ゴボッ」」」

 突如、水の中に放り込まれ、何人かが息を吐く。

『私は、呼吸の必要がないが、君たちはどうかな?』

 コルディスは、剣を降ろし。周囲を見回す。だが、誰もが戦いどころではない。なんとか空気のある場所を目指そうとしているが、水は、まるで浮力がないかのように、逃がさない。

『万能なる力 源より溢れ出す数多の力持ちて 変えよ 水は母なる物 今一度 母の元で生きるが為』

 この水の中、まるで水を震わせるように声で唱えられた呪文により、もがいて居た者達が静かになる。一人、一人と再び武器を構え、ある者は、コルディスに体を向けながら、水の中で沈まずに浮かぶ武器の位置を確認する。

『マーメイディアか、これだけ人外がそろったパーティは珍しい』

 コルディスの視線の先に浮かぶのは、下半身を魚と化したシルアだ。その鱗は、サファイアの様に輝き、髪の色はそのままだが、耳の部分からは、水の振動を聞き取る鰭状の物が出ている。
 シルアが再び手にしたスタッフを構える。
『万能なる力 源より溢れ出す一欠けらの力持ちて 止めよ あらゆる物よ 眠れ 眠れ 眠れ 汝が棺が溶ける その時まで』
 コルディスの周りの水が白く凍結し始め、その体を閉じ込める。

『四聖剣よ 眠れ 次なる主が 汝を呼び覚ますまで』

 完全に凍結するまえに、氷の中から響くコルディスの言葉と共に、水が消え元の部屋に戻る。そして、氷は、地面に落ちた衝撃で、粉々に砕け散る。その氷煙の中でコルディスは、剣を構えたまま立ち尽くしている。

「“氷の棺”を中から破るなんて・・・」
 人の姿に戻ったシルアが、唖然としてコルディスを見つめる。
「水のせいで冷気が拡散していたのでしょう。それを読んで冷静に対処できる人は、初めてみましたが」
 桜羅が、シルアを抱えたまま、地面に降り立つ。

『四聖剣のフィールドを破った奴は初めてだ。だが、まだ終りではない』

 コルディスが、突如動く。その先は、もっとも近くにいたドークスだ。
 咄嗟の事で、ドークスも反応できない。コルディスの連撃が、ドークスを襲う。
 そう見えた時、突如ドークスが牙を剥き出し口を大きく開ける。

 グォォォォォォオオオオオオオオッ

 轟音と閃光と共に、雷撃が吐き出される。
 “ドラゴニック・ハーフ”を竜足らしめる特殊能力“ブレス”。青き鱗を持つドークスのそれ“サンダー・ブレス”が、コルディスの全身を飲み込む。

『グウォォォォォ!』

 だが、その閃光を叩き割るかの用に剣が現れ、ドークスの肩口に突き刺さる。
「ガァァッ」
 ドークスの口から苦痛のうめきが漏れるが、その腕は、剣を持つコルディスの腕をがっちりと掴む。
 『神よ その偉大な力もて 我が祈りと命の欠片を代償に 勝利を掴む 大いなる祝福を 与えたまえ』
 桜羅が、“聖戦”の祝文を唱える。桜羅の 命が無くなるまでの間に、仲間を劇的に強化させる祝文は、桜羅の命では、10秒程度しか持たない。
 ゾアとレイゼンが、動きを止めたコルディスに詰める。十数閃の青き光剣と、巨大な漆黒の光剣が、吸い込まれるようにコルディスの身体に突き刺さる。

『・・・・見事だ・・・・』

 その言葉を最後に、コルディスの体の色が消えていく。武器も鎧も盾も、本人すら、すべてが灰褐色となり剣の突き刺さった場所には、ヒビが入っている。
「・・・コンストラクトか。どうりで呼吸を必要としないわけね」
 シルアが、溜息をつきながら、その場に座り込む。
「ドークス!」
 自分の命が無くなるぎりぎりの所で“聖戦”を止めて見守っていた桜羅が、コルディスが動かなくなったのを見て、慌てて傷ついた竜人に駆け寄る。
「ゾア。レイゼン。この剣を抜いてください」
 傷を見た桜羅は、顔をしかめると、二人に指示を出して祝文を唱え始める。
『我が神よ その偉大な力もて 戦い終えし戦士に 命の力を 注ぎたまえ』
 二人が石像と化したカルディスごと剣を引き抜くと、ドークスの表情がゆがむが、うめき声はあげない。

「・・・これで大丈夫でしょう」
 しばらくして桜羅は、祈りを終える。
 ドークスの肩の傷口は、しっかりとふさがっていた。ドークスは、軽く傷ついていた肩を回してみるが、問題はないようだ。
「こっちも大丈夫だったよ」
 いつのまにかリーナは、箱を調べておいたらしい。石台に腰掛けて、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「毒針と、ガスボンブがあったけど両方解除したから問題にゃし。鍵も開けたから、あとは開くだけだよ」
 そう言ってリーナは、石台から飛び降りる。
 ぞろぞろと、6人全員が、石台の周りに集まった。
「これで、聖剣を鍛えなおせるんだな?」
「あぁ、失われし数々の力も蘇るはずだ」
 ゾアが、誰ともなしに問いかけ、それにレイゼンが答える。
「ネクロドラゴン“ブラックマン”。アレを倒すには、聖剣の力は不可欠ですからね」
 桜羅も疲れたような笑顔を浮かべる。
「じゃぁ開けるぞ」
 ゾアが宣言し、その箱を開く。
 その瞬間、周囲の景色がゆがみ、そう思った瞬間、風景はまったく別の物に変わる。
 そこは、部屋などではなく太陽の降り注ぐ荒地であり、6人の前には、大きな洞窟が口を開けている。
「・・・ここは、・・・入り口?」
「・・・・テ・・・テレポーターか!?」
「テレ・・・・・・はぁ・・・」
「てことは、もう一回潜らなきゃ・・・」
「そ・・そんにゃ」
「・・・・・・・・・」
 6人は、その場に崩れ落ちるように、座り込んだ。

 彼等が、その後その洞窟を攻略できたのかどうかは、史実には語られていない。ただ、ゾア・クローゼンツと言う男の率いるパーティが、黒竜“ブラックマン”を打ち倒した。その事だけが記されている。