「幼き日のアドベンチャー」

by 龍童真君




「レオン! 居るんでしょレオン!」
 小高い丘の中腹に生える一本の樹木の枝に寄りかかり、気持ちよくまどろんでいたレオンは、下からの甲高い声に呼び起こされた。
 あくびを噛み殺しながら、根元を見下ろすと、緑の海に波を起こしながら登ってくる風に巻き上げられた、金色に輝く長い髪の中から、冬の空と同じ色の輝きが睨みつけている。
「セリナ」
 レオンは相互を崩すと、抱えていた木剣をつかんで、屋根先ほどの高さから、歳下の少女の前に飛び降りた。
 適当に布でまとめられた赤髪を、掻き揚げると以外に整った容貌が露になる。体こそ、大人にも引けはとらないが、その幼さの残る顔立ちは、まだ彼が少年の域を出ていない事を、教えてくれる。
「うちの厩の前に落とし穴掘ったのレオンでしょう。お父さん、かんかんだったよ」
 口を開いたのは、セリナが先だ。
 セリナは、白い肌と、線の細い整った顔立ちに、少女期特有のほっそりとした肢体が、離れてみれば深窓の令嬢を無理やり表に連れ出したような印象を持った少女だ。だが、実際に向かい合った者は、それが誤解であったことに、すぐ気付く。
 その瞳に宿った輝きが、少女から儚げな雰囲気を吹き飛ばし、勝気で活発な雰囲気を纏わせているから。
 事実、セリナは、その雰囲気に違えずに、気が強いかった。頭一つ分は上にあるレオンの顔を、容赦なく睨みつける。
 だが、レオンはそんな少女の視線に気付かなかったらしい。
「お、てことは引っかかりやがったか、あの糞親父」
 レオンの眠そうだった目に、生気がやどり、自然に笑みが浮かぶ。
 そんなレオンの様子に、セリナは睨むのも忘れて、深々とため息を吐いた。






 ティガーオンは、何も無い町だ。
 これと言った特産品があるわけでもないし、交商の要にあるわけでもない。国家間を結ぶの街道沿いに位置するわけでもなく、緊迫状態にある隣国との国境にあるわけでもない。
 僅かな森林と、そこそこの大きさの河と、今の季節から殆どの季節を緑に包まれる広大な丘陵地帯。それが、ティガーオンを中心とするサティガ地方の特徴と言える物だったが、そんな特徴を持つ地方なら、国の中だけでさえ、いくつもあげられるわけで、それだけならば、ティガーオンは、ただの田舎町のままだっただろう。
 ところが、それで良しとしなかった男が居た。四代まえの領主である。
 その領主は、自分の治める地域がマイナーなのが許せなかったのか、それともどこぞの貴族達のパーティで馬鹿にされたのか。ともかく、彼は、この地方をメジャーにする為に、私財を投じて、様々な可能性を追求したらしい。
 ティガーオンの整った町並みもその副産物だ。舗装されたメインストリートに整備された下水道は、他には、王国の首都にあるぐらいだろう。また領主の城館も実用的な中に優雅な美しさを取り込んだ見事なものだ。また、サティガ地方の灌漑技術が、非常に進んでいるのも、同様の理由だ。
 しかし、それらは町の誇りにはなれど、この地方の名をメジャーにするには及ばなかったらしい。結局これらの投資で、領主家は、領民の絶大な支持を得る代わりに、私財の半分以上を失っている。
 それでも、その領主は、優秀な人物だったようだ。彼は、結局破産もせずに、ティガーオンの強力な特産をこの地方に作り上げたのだから。
 その特産とは“人”であった。
 彼は、優秀な人物を招き学院を作ったのだ。
 私財を持って、武に長ける者、学問に秀でる者を招き、人材育成を行う機関を作り上げた。そして、見事その目論見は成功し、ティガーオンで育成された人物が、功を立て、学校の、この地方の名声を上げて行く事になる。

 そして、現代。

 ティガーオンには、国中から希望を胸に、多くの若者が訪れるようになっている。そうして訪れる者達を目当てにした商人たちも合わさって、かなりの活況に賑わっている。
 そんななか、レオンは、メインストリート沿いに出ている屋台の一軒で、ありあまる食欲を見せていた。向かいには自分の分を食べ終わって、その様子を眺めているセリナが居る。
 セリナは、領主の娘である。
 この地を治めるサティガ伯は、娘を特別扱いする事は無かった為、セリナは普通にこの町で育ったわけだが、何ごともなかったわけではない。
 最初のうちは、町の子と一緒になって遊んだりしていたのだが、そのうち、セリナは、他の子供達から避けられるようになった。
 初めて「お前と遊ぶと親に怒られるんだよ」と言われた時の事は、セリナにとって忘れられない過去だ。ただ、ショックな出来事として忘れられないのではなく、最も大事にしたい思い出の始まりでもあるから、忘れられない。
「・・・・いつもの事だけど、良くそんなに食べれるね」
 少しと言うか、かなりあきれながら、セリナが呟くが、レオンはどこ吹く風だ。
「成長期だからな。いくら食べても足りないんだよ。今朝食ってないし」
 口の中のものを果実酒で流しこんでから、セリナに答えながらも、その目を次に食べるものを物色している。
「また抜かれたの。こんどは何をやったのよ」
「アミールの猛士道実践をさぼった」
 その答えに、セリナは、困ったような笑みを浮かべる。
 アミール講師は幾多もの実戦を潜り抜けてきた猛者で、生え抜きの猛士である。武術の腕は優秀なのだが、一つだけ困ったところが、猛士道と言われる礼儀に対しての盲信している事だ。
 特に、彼の受け持つ講義の一つ『猛士道実践』は、敵猛士とあった時の受け答え、王宮での礼儀作法などを、実践させられる。セリナも見学したことがあるが、どうみても下手な演劇で、笑うのを我慢する為にひどく疲れた覚えがある。
「それで、アミールの奴切れちまったらしくて、朝、挨拶したら『貴様に教えることは何も無い!』とか叫んで剣投げつけてきたもんで、慌てて逃げてきたってわけ」
 レオンは、物色が終わったらしく、鳥の足の丸焼きを掴む。
「それで、朝から昼寝してたわけ?」
「ん・・・、素振り1000本してからだけどな」
 たしかに、レオンの身体は、角大猫のように鍛えられて引き締まっている。
 セリナは、レオンの逞しい体に目をやってから慌てて逸らした。






「どこへ行っていたのかね?」
 昼食の後、レオンが自分の部屋に戻ってくると、大柄な男が立ちふさがった。動きを阻害しない上等な衣服を身に纏い、腰に2本の短剣を下げているはずだが、足元まで伸びるマントのせいで、レオンからは見えない。
「食事ですよ。今って昼飯の時間でしょ」
 レオンは、男に一礼してから、しゃあしゃあと言ってのける。その目は、挑戦するかの用に、男の視線を真っ向から受け止めていた。
「なんとも長い食事だな」
 男は、表情も変えず、視線もレオンに向けたまま話す。動くのは、微かな風に揺らされる男の漆黒の髪だけだ。
「体使うんで、皆大食いなんですよ。ここの連中は」
「そうか。では、追い出された後は大変だな」
 男はそれだけ言うと、レオンの脇を足音を響かせて通り抜けていく。
「お気遣いなく。学院長」
 レオンは、学院長を兼任するこの地の領主、サティガ伯アクシス・サールティアムの背中を睨みつけた。






 その夜。
 レオンは、真夜中に目を覚ました。

 ドン ドン ドン

 部屋を包む闇が、今が真夜中である事を教えてくれるが、間違いなく、この部屋の扉を叩く音が聞こえてくる。
 レオンは、ベッドから降りると、傍らの剣を掴む。

 ドン ドン ドン

 叩く音から、相手の焦りと、周囲への気遣いが感じられるが、この時間に寮に居る者達のうち、レオンが、思い出す事ができる奴等の中に、周囲への気遣いが持てるような奴が居た覚えはない。
「誰だ?」
「レオン!? 私よ!」
 立ち上がりながら、扉に声をかけたレオンの耳に、ありえない声が聞こえてくる。
「セリナ!?」
 レオンは慌てて、扉を開けた。
 廊下に点された心術の明かりと共に、セリナの影も入ってくる。その顔は、光の加減でレオンには見えない。
「レオン・・・! あの場所に連れてって!」
 セリナは、声を潜めているが、その声からも焦りが感じられる。
「あの場所?」
 セリナの唐突な言葉に、レオンはただ、困ったように聞き返す。それでセリナにも、自分が何も説明していない事に気づいたらしい。声を潜めたまま、言葉を繋ぐ。
「あの場所。私が、初めて泣いて。レオンが、レオンだけだ話し掛けてくれて、連れて行ってくれた秘密の場所。不思議な花が咲いていて・・・」
「あぁ、あそこか」
 セリナの言葉がどこを指しているか、レオンにもようやくわかる。
「あそこに咲いてた花。あの花弁が欲しいの!」
「どうしたんだよ? らしくないぞ」
 少し不信に思いながらも、レオンは、セリナを宥めかける。しかし、セリナは、肩に置かれた手を振り払い、レオンに詰め寄る。
「お願い! 急がないと間にあわない!!」
 こんどの声は、潜められていなかった。だが、それよりも、詰め寄っられてようやく相手の顔が見えるようになる。
 セリナの目に、光るものを見たレオンの行動は素早かった。
「わかった。セリナ、馬を用意できるか?」
 セリナは、慌てて頷く。
「理由は道ながら聞くから、引っ張り出しておいてくれ」
 セリナに軽く頷き返すと、レオンは、セリナを送り出した。




 夜の街道を、馬は僅かな明かりを頼りに、森へと向っていた。その背には、手綱を持つレオンと、その腰に捕まるセリナの影がある。
「お父さんが、噛まれたの。昼間、町の視察に出ていた時、逃げ出した動物が暴れだして。斑蛇馬の子供だったらしいんだけど、クルーシカ先生が、斑蜥蜴だったんじゃないかって。子供の頃は殆ど見分けがつかないから」
 背中で話す二人の声と、遠くで鳴く梟の声の中、月の明かりに照らされながら、馬は白い息を吐きながら、走りつづける。
「だとするとどうなるんだ?」
「斑蜥蜴には致死性の猛毒があるの。しばらく潜伏するタイプの。解毒にはラスティミアって言う、凄く希少で特殊な薬草が必要で、それは、洞窟なんかのほとんど風が動かないような場所で、微かな太陽の光を頼りに、星みたいに輝く花を咲かせるの」
「あれか・・・」
 レオンの脳裏に、幼い頃、セリナに見せた輝く花が思い浮かぶ。ちょっと触っただけで、花弁が落ちてしまう、か弱い花。だが・・・。
「時間は、どのぐらいあるんだ?」
「明け方までには戻らないと」
 セリナの声は、思いの他しっかりしている。解毒薬が手に入る可能性が出てきたからか、先ほどまでの焦りはない。
「・・・ねぇ、こんなに遠かった?」
 セリナの身じろぎを背中に感じながら、レオンは、言うべきか言わぬべきか迷う。だが、隠しても何にも意味が無い事もわかっているのだ。
「覚えてないのか。あの道は、あの頃でもギリギリだった。俺たちじゃもう使えねぇ」
「え?」
「森に、あの場所に繋がる洞窟があるんだが、朝までか・・・ぎりぎりだな」
 セリナが身体を堅くするのを感じながら、レオンは、黒々とした森の入り口で馬の歩みを止めた。




「 我が心の導くままに、全ての力の源よ この場にて我が心のうちで思い浮かぶ輝きを現せ 」

 セリナの小さな呟きと共に、その手に持った2本の木の枝の先に光が灯る。
「大丈夫か?」
「これぐらいならね」
 レオンの言葉に、セリナは強がってみせながら、木の枝の一つを渡す。心術は、心に描いた事柄を実現させる驚異的な力を持つが、その代償は、肉体に疲れとしてあらわれる事が多い。少し疲れたが、それを心配してくれたレオンに、セリナは、無理に笑ってみせる。
 レオンは、頷くと、その光を片手に洞窟を進み始めた。  実際、馬で、10分ほどの距離だ。歩いても1時間ぐらいなものだ。ただし、それは平坦な道を直線に歩いた場合の事だと言うことを、二人は、思い知る事になった。
右へ左へとうねる洞窟は、実際の何倍もの距離になるようだし、その地面も、決して歩きやすいものでは無い。特に、この道はセリナの足には厳しいものだった。直ぐにセリナの息が乱れてくる。
「セリナ、お前は、戻って待っていろ」
 3度目にセリナが息を整える為に立ち止まった時、レオンは、ついにセリナにそう告げた。
 しかし、セリナは、首を横にふる。
「セリナ」
「そこで、調合、しなきゃ、ならないの」
 セリナが自分の言葉で、レオンの言葉を途中で遮る。そのまま暫く荒い息をついていたが、ようやく落ち着いてきた所で、話始める。
「・・・・ラスティミアは、特殊な薬草で、花弁が取れてから数秒で成分が変質しちゃうの。だから、調合は、心術を併用して行うのよ」
 レオンは、調合も自分がかわりにやると言い出すつもりだったが、その説明を聞いて、言葉を飲み込む。
 心力であれば、誰でも多少は使えるものだが、心術レベルで使用できる者となると、正式に勉強した者以外では難しい。しかも、調合をそれで行うとなると、自分では手も足も出せない。
「ごめんね。私が頼んだのに、足手まといになっちゃって」
「おまえのせいじゃない」
 恥ずかしさを隠すために、ぶっきらぼうに答えるレオンに、セリナは。こんどは、自然な微笑みを向けた。



 それから暫くは、何事も無く進む事ができた。ただ、さっきと違うのは、段差などがあるたびに、レオンがセリナに手を貸すようになった事だろう。だが、それだけで、かなりセリナの負担は押さえられているらしい。先ほどまでのように息を荒げる事なく、歩いている。
 そして、無言でレオンが押しとどめたのは、それから1時間ほど進んだ後の事だ。
「なに?」
 セリナが、声を押さえて問うが、レオンは答えずに、背中に背負っていた剣を引き抜く。
「何があっても動くな」
 その言葉にセリナが頷くと、レオンは、その気配を感じたのか、足音を忍ばせて進んでいく。

ガァァァァァァァ

 洞窟中に木霊した咆哮と共に、影が、レオンに飛びかかった。
 だが、すでに警戒していたレオンは危うい所で、その牙を避けると、数歩下がった。
 その長い首は、獲物を捕らえられなかったのに気づくと、首をもたげ、水の中から全身を現した。
「うそ・・・まさか、首長蜥蜴?」
 セリナが、唖然としたまま無意識で一歩下がる。
「どうやら、町で逃げ出した奴が野生化したようだな」
 剣を改めて構えなおすと、レオンは、首長蜥蜴に向かい駆け出した。
 その大きな動きに反応して、すぐに首が噛み付いてくるが、それをきわどい所で避け、その首に剣をつきたてた。

ガァァァァァァァ

 再び洞窟中に咆哮が木霊し、そして静かになる。
「今のうちに行くぞ」
 レオンは、倒れ伏す首長蜥蜴の脇で剣をざっと洗うと、一振りで水を切り、鞘に仕舞う。
 そこまでで息を荒げても居ないのは、流石と言うしかない。
「こ、殺しちゃたの?」
 恐る恐る尋ねかけるセリナに、レオンは首を横に振る。 「なぐさみ草の毒で眠らせただけだ。人なら一日は何をしても起きない所だが、こいつにどの程度聞くかはわからない。急いだ方がいい」
 セリナは頷くと、そろそろと、倒れた巨体の脇を通って、レオンの下に向う。
 そのまま何事もなく合流すると、二人は先を急いだ。



 その場所についたのは、それから暫くしての事だ。
「ここ、ここだわ!」
「あぁ、目的の場所は、あの上のところの岩棚だ」
 セリナとレオンの目の前には、巨大な割れ目が広がっていた。以前来た時には気づかなかったのか、だとすると運がよかっただけなのか。覗いた割れ目の底はまったくの闇にしか見えない。
「あそこなら飛び移れそうだな」
 レオンの指差した先には、確かに、お互いに突き出した岩が、かなり幅を狭めている所がある。
 実際にその場に着いてみると、確かに、その隙間は、人の身長一人分もない。
「どうだ?」
「うん。これぐらいなら大丈夫だと思う」
 セリナは、恐る恐る下を覗き込みながらも、気丈に答える。レオンは、それを聞いて周囲を見回してみるが、この辺りは風化しているらしく、ロープを結べるような場所もない。レオンは、暫く悩んだが、二人の体を繋ぐのも諦める。落ちたのが、セリナなら良いが、レオンが落ちた場合、セリナも巻き込んでしまう。
「じゃぁ先に行くぞ」
 レオンは、セリナを下がらせると、助走をつけて難無く飛び越える。
「セリナ」
「うん」
 レオンに促されセリナも、助走を付けやすいように少し前にでる。
「大丈夫だから」
 レオンの言葉に頷くと、助走をつけて飛ぶ。そして、十分な余裕を持って、飛び越える。
「「ふぅ」」
 どちらからともなく溜息がもれる。
 その時、セリナの足元が音も無く崩れた。
 レオンが反応できたのは奇跡と行っていい。自身も半分乗り出した形でかろう時でセリナの手首を掴む。
 そして、背中にしょった剣が、その重さで抜け落ちるのは、見守るしかなかった。レオンの両手は剣よりもっと大事なものを握り締めている。
「あ・・・」
「セリナ! 手を離すんじゃないぞ!」
 巨大な地割れに全身を飲み込まれかけている少女は、涙をこらえてレオンの言葉に頷く。
 レオンは、ゆっくりと後ずさりながら、セリナを引き上げていった。そしてそのまま、転がって崖の端から離れる。
「・・・レオン、あの剣・・」
「物は、物だ」
 その腕の中で、セリナが泣きそうな声で言うのを遮って、レオンは、力強く抱き寄せた。
「良かった・・・」
 ただ、それだけの言葉で、セリナには、レオンの強い気持ちが伝わる。それ以上何も言えなくなって、セリナは、レオンの逞しい胸に顔を埋めた。
 そんな二人の側で、ラスティミアの花弁が、音もなく星屑の用に輝いていた。



 レオンは、自室の椅子に腰をかけて一本の剣を眺めていた。

 明け方近くに戻ってきた、二人が持ち帰ったラスティミアのおかげで、領主は、命を取り留めた。
 セリナは、泣いて喜んだが、レオンは、ほっとしながらも、糞親父が助かったのを残念に思ったりしていたのも、ま違いない事実だ。
 だからこそ、レオンは、うるさくなる前に、領主の城館を後にして、いつもと同じように、学院の授業を受けた。
 それからも、暫く領主は寝たきりの状態だったらしい。セリナと顔を合わせたのは、1週間も立ってからの事だ。
 セリナは、また夜にやってきた。その手は、かなりの大きさの長い包みを抱えている。
「お父さんが、お礼だって」
「よせやい。糞親父に礼を言われたって嬉かねぇや」
 セリナは、くすりと笑うと、その手の中の物を差し出す。
「礼を受け取らないなら、借りにしとくって。卒業は安心しろって言ってたけど」
 レオンは、その言葉に憮然とする。つまりは、受け取らなければ、“借り”のおかげで卒業した事にする。とそう言っているのだ。
 レオンは渋々、その包みを受け取った。
「また、明日ね」
 セリナは、包みを渡すと、それだけ言って戻っていった。何かよそよそしい気もしたが、気のせいだと決め付けて扉を閉める。
 包みを開くと、それは、剣であった。きちんとした装飾が施されながらも、実用的なその作りは、サティガ伯家の伝統である。これもそれなりの名剣なのだろうが、レオンは、その剣を見て顔をしかめた。
 セリナから剣を無くしたのを聞いたのだろうが、失った剣は、祖父の形見で、何ものにも帰られるような物では無い。レオンは、その浅知恵を笑いながら、剣の柄に手をかける。そして、それは刃を鞘の中に残して柄だけが、手の中に残った。
「おいおい」
 つい、独り言を呟くと、レオンは、呆れながら柄を調べてみる。どうやら壊れたわけではなく、ちゃんと嵌ってなかっただけのようだ。レオンは、柄を机に置くと、鞘をひっくり返して刃を抜き出した。そして・・・

 レオンは、穏やかに微笑んだ。
 その視線は、刀身に綴られた剣の銘に向けられている。

  セリナ 

 そこには、そう刻まれている。
「・・・負けた。負けた・・・」
 レオンはそう呟くと、丁寧に剣を組み立てる。そして、その剣を手の届く所に立てかけ、さっさとベッドにもぐりこんだ。

  
〜 End 〜