「約束」

by 龍童真君





 本当に唐突だった。

 二人の立つ丘を、気持ちの良い風が吹き抜けていた。
 見渡す限りの草原と、遠くに見える山と雲。それよりもう少し近くに、こじんまりとした森がいくつか見える。
 遠くに見える山は、まさに天を突かんばかりに先端をとがらせているようにしか見えない。富士山のような、裾の広い山では無い。もう少し細ければ針と言っても差し支えないその山の中腹には、まるでえぐられたかのように、欠けた部分がある。
 二人は、その世界を何事もないように眺めていた。
 一人は、男だった。黒いズボンに白いシャツを着て、さらにその上に金ボタンのついた上着を羽織っている。肩には、中ぐらいのカバンと、棒状の入れ物を掛けている。
 もう一人は、女だった。男の半歩後ろぐらいに立っている。
 スリットの入った黒いスカートに、合せた黒い上着を着ていた。首元に白いスカーフを巻いているが、襟の外から巻いているので、服の飾りなのかもしれない。腰まである黒髪を緩く三つ網にしている。年の頃は、十代半ばぐらいだろう。
 良く見れば、男の方も、体の大きさはともかく、まだ少年と言って良い年頃のようだ。
「よかったねぇ晴れてて」
 少女は空を仰ぎながら微笑んだ。
「不幸中の幸いに過ぎねぇけどな」
 対して、少年は、辺りをざっと見回して溜息を吐く。
「晴れの日に飛ばされるのも、飛ばされない事に比べたら、不幸には違いないだろ?」
「・・・・・」
 少女は、その問いには答えなかった。ただ手を開いて、気持ち良さそうに風を受け止める。
「まったく。もうどうでも良いから、とっとと探してくれ」
 少女は、少年の疲れたような様子に小さく笑うと、スカートのポケットから水晶柱を取り出した。何の飾りっけも無い棒状の水晶は、少年の中指ぐらいの大きさがある。
 少女は、水晶柱を目線まで持ち上げた。少年は、その様子を無言のまま見守っている。
 少女は、ゆっくりと屈折した世界を見回した。
 水晶柱は、プリズムとなり少女の視界を屈折させる。水晶が見せる世界は、草原とはまったく違う風景だった。
 黒っぽい地面を挟むように灰色の壁が立っている。どうやら町らしく、家々が立ち並び、遠くに、巨大な柱のような、灰色の建造物が何本か建っているのが見える。
 水晶の奥に見える風景は、少女の向きに合せて少しずつ変わっていく。そのまま、半周ほどした所で、少女は動きを止めた。
 水晶の見せる世界は、更に変わっていた。壁も家も柱も消え、ただ赤い星が一つ、激しく輝く。
 少女は、ゆっくりと水晶柱を降ろした。
 少女の視界の先に、一つの森があらわれる。
「あの森か?」
「うん。たぶんそう」
 少女が頷くと、少年は溜息をつく。
「あれは結構遠いぞ」
「でも、行かなきゃ何時までたっても帰れないもの」
 少年は、もう一度溜息をつくと、丘を降り始めた。



 光が射し込むのと、目が覚めるのは同時だ。
 八澄は、布団の中で寝返りながら頭の上に置いておいた目覚し時計を見た。
 ペンギンのお腹にはまった時計の長針は、五〇分を超えたあたりを指し示している。あともう少しで、目覚まし時計の名に恥じない働きをするはずだ。
「私の勝ちぃ」
 今日も時報を告げられなかったペンギン時計のアラームを切ると、八澄は、なんとなく不満そうな顔のペンギン時計を持って、夢現のまま洗面所に向かった。
 八澄は、寝起きが良い。
 朝起きる事が、まったく苦にならない人間だ。
 昔は、目覚めが良いのが自慢できる特技だと昔は知らなかった。今は知ってはいるが、自覚しているわけではない。身近に寝起きの悪い人が居なかったら、ずっと知る事すら無かっただろう。
 八澄は、熱いお湯で顔を洗ってから、ゆっくりと髪を梳った。八澄にとって自慢の髪だ。伸ばし始めたのは中1からだが、今では、腰に届くぐらいの長さになっている。ちょうど5年前に居なくなった母親と同じぐらいの長さだ。
「あの人はやさしすぎるの。本当に・・・」
 それが八澄の最後に聞いた言葉だ。そう言った時の母親の表情はもう思い出せない。
 その言葉を伝えた時に、寂しげに微笑んだ父の表情の方が覚えている。
 その母親と瓜二つとなってきた娘を見て、どう思っているのかと、偶に聞いてみたくなる。
 父親は、何も言わない。
 テーブルには、何時ものように、父親の手紙が乗っていた。
 カイの散歩は済んだ旨と今日も遅くなる旨が丁寧な字で書かれている。

   ワンッ

 足元に寄ってきたカイの頭を撫でてやると、嬉しそうに、尻尾を振り回した。
 父親と顔を会わせる事はあまりない。とは言え、週末には、かならず一日は休んで家にいるので、ほったらかしにされているわけじゃない。むしろ凄く心配してくれていると思う。
 優しいし、娘に対しても、ちゃんと相手を見てきちんと線を引いて付き合う。相手の話もちゃんと聞く耳を持ってるし、それでいて自分の意見もしっかりと持っている。
 当たり前の事で完璧な人。八澄には分からないが、その辺りが母親には耐えられなかったんだろうかと考える事もある。
 自室から持ってきたペンギン時計を、あわせ直して机におくと、八澄は、寝間着のまま腕だけまくって、キッチンに立った。
 今日の献立は、トーストに目玉焼きにベーコンに山盛りサラダ。
 ベーコンをカリカリになるまで炒めてから、冷蔵庫から卵を取り出すと器用に片手で割ってフライパンに落とす。できたらお皿に移してから、バターを一欠けら落として、融けた所で厚切りの食パンを置く。トースターもあるが、八澄はこの焼き方のトーストが気に入っている。
 適当にレタスを千切って、刻んであった玉ねぎとピーマンを振り掛ける。最後に、最近流行りの黒ゴマドレッシング自作をかけて出来上がり。
 テレビを点けると、いつものチャンネルにあわせる。朝のニュースをかけながら。朝ご飯を食べるのも、いつのまにか日課になってしまった。
 今日は、大きな事件は無かったようだ。政治関係のニュースが一番長かった。内容も先日起こった件の追跡調査みたいな内容だ。
 朝食を片付け終わると八澄は、紅茶を入れた。葉っぱは、普通にスーパーとかでも売ってる物。八澄の家では、葉っぱは殆んど拘らない。紅茶は、質よりも入れ方の方が大事だと言うのが父の持論で、八澄もそう思っている。葉っぱの種類や等級毎に、入れ方や飲みかたが代わってくるのが面白い。
 蒸らしている間に、登校の準備をする。とは言っても、一応用意はしてあるので、単に持っていく物を確認するだけだ。
 特に、ミネラルウォータとカロリーメイトは必須だ。忘れると命に関わる。人間、とことん酷い目にあうと、それへの備えは忘れなくなるらしい。
 テレビが消えた部屋で、紅茶を飲みながら、色々と考える。
 まぁたいていは、こんどの休みどうしようとか、沙亜ちゃんが行ってた映画いつ行こうかなとか、どうと言う事の無いものではあるが、。そうこうしてると柱時計が時報を鳴らした。さぁそろそろ行かないと。
 制服の内ポケットを探ると、太目のシャープペンぐらいの太さの水晶柱がでてくる。透かして見て、普通に部屋が見えるのを確認すると、それを仕舞う。
 テレビを消して、ただ紅茶を飲むだけのこの時間が八澄は気に入っている。取り留めなく色々な事を考える。
 たいていは、こんどの休みどうしようとか、映画いつ行こうかなとか、気楽な物もあれば、切実なこと、考えたくないこともある。
 そうこうしてると、ペンギン時計がようやくアラームを響かせた。
「あ、時間だ」
 八澄は、飲みかけの紅茶を飲みこむと、アラームを止めに立ち上がった。



 草の丈は高い。
 場所によってではあるが、少女の胸ぐらいまで届く。
 そこは、自生した麦畑のようだった。歩くのがかなり面倒なはずなのだが、少女は、がさがさと草を掻き分け道をつけながら楽しそうに歩いていた。
 少年は、あまり楽しそうでも無いが、遅れずに少女の斜め後ろを歩いている。
 太陽はまだ高い。
 少年は太陽の位置を確認する為に空を仰がなければならない位置にある。だが、この調子だと目的地に着く前に、間違いなく暮れるだろう。
 そんな事を考えながら視線を戻した少年は、いつの間にか自分が、一人っきりになっている事に、ようやく気付いた。
 慌てて周囲を見回すが、少女の姿はない。
「八澄!?」
「正ちゃん、こっちこっち」
 無意識にでた少年の声に、少女の声だけが答える。慌てたまま、声のした方に駆け寄ると、少女は、その場にしゃがみ込んでいた。
「みてみてー」
 笑顔で少年を呼ぶ少女は、片手でしゃがむように服を引っ張ると、もう片方の手で、一方を指差している。
 少年が、訝しげにしゃがみこんで見ると、そこは、麦畑の中とはまったく違った風景が広がっていた。
 今さらながらではあるが、あきらかに麦とは違う植物だったらしい。ぴんと伸びた茎は、下手すると麦よりも細いのに、穂は、麦の5倍ぐらいの量が実っている。麦ならば間違いなく茎が折れているに違いない。
 穂の海の下は、細い茎だけが造る森と化していた。
 穂が風に揺らめくたびに、隙間から光が差し込むので暗くは無い。しかし、この麦のような植物が養分を取ってしまうのか、他の植物は、まったくと言っていいほど生えていない。
 その森の中、少年の視線の先には、一匹の動物が座っていた。
 大きさは中型犬ぐらい。体も犬。しかし、そのからだの後ろに見え隠れする尻尾は体よりも大きくまるでリスの尻尾のようだ。
 そして、その頭部は明らかに猫だった。
 細身の猫ではなく、トラ猫のような、顔が横に広く見える程度に毛が覆っている大柄の猫の顔だ。
 少年の目には、猫の瞳が面白そうに自分を見ているかのように見える。
 そしてそれは、それほど的外れな考えではなかった。

 忠告しよう

 唐突に少年と少女の耳に子供のような高めの声が聞こえる。

 夜になる前に、この森を抜けることだ
 ここは、君たちには、少し。いやかなり暮らしにくい場所だよ

 少女は、目を丸くした。少年は、驚きを表情には出さなかったが、驚きは少女とそう違うものではない。
 二人の目の前で、聞こえてくる言葉にあわせて、猫の口元が動いていた。
「えっと、あなたが話してるの?」

 他に居ると思うかね?

 その言葉に少女は、ぶんぶんと首を振った。



「・・・うっす」
「おっす!」
 眠そうに出てくる正一に、八澄は元気よく挨拶を返した。
「しかしまぁ、よく毎朝迎えにくるよなぁ」
「あははは、もう日課だからねぇ」
 話しながらもぼーっとしている正一の横を歩きながら笑う。


   別に付き合ってるわけじゃない・・・と思う。
 幼なじみなのかな?
 良く分からない関係かも。
 学校着、クラスの中では早いほうだけど、もっと早い子もいる。
「おはよう八澄、早いわね」
「おはよー。でも、沙亜ちゃんの方が早いじゃない」
 教室に入ると、沙亜ちゃんが、顔をあげて挨拶してきた。
 沙亜ちゃんは、ノートパソコンを開いて何事かやっていたらしいけど、何をやっているのか分かる人はあんまり居ない。凛とした眼鏡美人で、才媛とは彼女の為にある言葉とのもっぱらの噂と、変人との評価を併せ持つ人だ。変人は酷いと思うけど。
「相変わらず仲が良いわね」
「いやそれほどでも。お前さんらみたいに絆で結ばれてるわけじゃなし」
「そう思うなら、足手まといは、行動で示して欲しいわね」
 なんか、2人がにらみ合ってる。まぁこれも日課なんだけど・・・沙亜ちゃん、なんで正ちゃんにつっかかるんだろう・・・。
 そんな事を考えていると沙亜ちゃんと、目が合う。
「八澄。今日辺りありそうだから気を付けてね」
 沙亜ちゃんは、そう忠告してくれると、視線を再び、ノートパソコンに戻した。
 そっか、今日か・・・。CDの新譜買いに行きたかったんだけどなぁ。



 正ちゃんが、学生カバンから取り出したタオルケットに包まって、私は、正ちゃんの横に寝転がっていた。
 一番近いと行っても、徒歩では、一日では着かなかった。正ちゃんは、咄嗟に動けないからと言っていつものように、そのまま寝転がっている。本人に言わせると、普段から制服で寝る訓練をしてるから風邪をひいたりはしないとか言ってる。本当にそうなのかは私には分からないけど、とりあえず言葉に甘えさせてもらう。さすがに一枚の布団で寝るのは、まだ早いと思うし・・・って私何考えてるんだろう。自分の顔が赤面するのが見ないでも分かる。
 私は、目を開けて夜空を見上げた。
 ここでは、星空がすごい。日本のどこからでも見えないような、満天の星空が私たちを覆っている。ここでは、私は、正ちゃんに擦り寄るようにして眠る。そうでないと眠れなかったのだから仕方が無い。
 ・・・そう、本当はもう大丈夫なんだけどね。でも何となく隠している。
 何で隠してるのかは分からない・・・いや、分かってるのかな。恐いのかも・・。



 午前中の授業が終って昼休み。
 私がラーメンを食べてる前で、正ちゃんは、たぬきそばを啜っている。机にはあと、A定食と、パンが二つほど並んでいる。
「良く食べるねぇ」
「朝飯食って・・・・ないからな」
 口の中の物を、飲み込んだ時間を使って器用に返事を返してくる。
「・・・・もう少し早く起きればいいのに」
「飯より睡眠の方が切実だ」
 とか言いながら、食べおわった後、教室で机に突っ伏して昼寝してるし。
 午後の授業を乗り切れば、今日の授業は終わり。今日は部活も無いので、このまま帰れる。掃除終ってから、帰ろうと思って正ちゃんに声をかけに良くと、正ちゃんは、木笠君と何やら話している。正ちゃん怒ってるみたいだけど、どうしたんだろう?
「八澄ちゃん、ちょっと良いかな?」
 そんな事を頭の片隅で考えていると、木笠君の方が声を掛けてきた。なんだろう?
 何かまずい事やったかな。
「玄関に居る」
 正ちゃんは先に行っちゃった・・。
「あのこれ読んでください」
 正ちゃんを気にしてるうちに、木笠君は、私の手に封筒を押し込むと、さっさと行ってしまった・・・って。
「え?」
 慌てて手元の封筒を開けて読む。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!」
 ちょっとの間、呆然としてしまった。わたしは慌てて、正ちゃんの待つ玄関に向かう。



 翌日の昼には森に付いた。森としては小さいとはいえ結構な大きさだ。
「団地ぐらいかな?」
「そんなもんだろ。で、どうだ?」
 私は、水晶を通して見てみると、歪みが前よりもかなり酷くなっている。
「この先みたい」
 一番歪みが酷い方向を見つけると、気持ち悪くなる前に、水晶を降ろす。
 正ちゃんは、方向を確認すると、ペンダントを服の中から引き出してから、森に踏み込んで行く。
「あ、待ってよ」
 私は慌てて正ちゃんの腕に捕まると恐る恐る正ちゃんに着いていく。



「あ、おまたせ!」
「木笠なんだって?」
「どうしよう正ちゃん! 私ラブレター貰っちゃった・・・」
 慌てているわたしを尻目に、正ちゃんは、さっさと歩き出してしまう。
「どうしようって、俺に聞くな!」
「・・・正ちゃん、おこってるの?」
「怒ってねぇよっ!」
「ほら・・・」
「ぐ・・・・」
 二人して、そのまま沈黙する。あーん、空気が重いよぉ。とにかく何かしゃべらないと。
「でも・・その・・・・どうやって断ったらいいかなぁ」
「断らなくても良いだろ? お前も付き合ってる奴居ないんだから」
 一瞬、胸が痛んだ気がする。
「でも・・・・」
「それとも好きな奴が居るのか?」
 言われて歩みが一瞬止まったのが自分でもわかった。正ちゃんが離れていくのに気がついて慌てて追い掛ける。私は・・・。
「・・・・そんな事考えた事も無かったよぉ」
 そのまま考えが口にでる。



 森の中はかなり暗かった。時たま葉の隙間から見える空は真っ青なのに、辺りは、日の落ちた夕方みたいだ。
「明かり付けた方が良さそうだな」
「うん、ちょっと待って」
 私は、水晶柱を両手に持つと意識を集中した。

  ri-^」//d.

 水晶柱から淡い光の球が生まれ、私の側をくるくると回る。

  sエδ..o:」q/rr_.

 私がそう頼むと光の球は、答えるように一瞬明るくなると、私たちの少し上で動きを止めた。
「何ていったんだ?」
「“明かりが要るの。暫くお願いね?”って言ったんだよ」
「ふーん」
 私達の周りだけ明るくなった森は、何か不思議な感じだった。御伽噺にでてくる森ってこんな感じなのかなぁとか思う。
 歩くのはそれほど辛くなかった。これだけ暗い森になると下草が生えないのでむしろ歩きやすい。もっともでこぼこはしてるから、進む速度は結構遅くなるけど。
「そろそろみたいだな」
 その声に正ちゃんを見ると、ネックレスが、淡青色の光に包まれていた。
 その光に水晶を翳すと、光が水晶を通して四方八方に散らされる。
「あ、あそこ」
 私の視線の先には、青い輝きに反射して一つだけ赤く輝くきのこがあった。
「高いな・・・」
 私の視線を追った正ちゃんが、困ったような顔して呟く。そのきのこは、真っ直ぐな大木の結構上の方にあった。
「直接触るぐらいの距離じゃなきゃ駄目なんだよな?」
「うん」
 肯いた私も困ったような顔をしていたと思う。
「まぁ仕方が無い。俺の肩の上に立てば何とか届くだろ」
「え?」
「この太さの木じゃ、俺だって登れん。お前が登れるはずも無いだろ?」
「それはそうだけど・・・」
 その木は、正ちゃんの腕を広げたぐらいの太さがあり、きのこの所まで、全く取っ掛かりが無い。
「ほれ、さっさとしろ」
 そう言って正ちゃんは、木の根本まで行くと、足場を確認してからしゃがみこんだ。
 でも・・。
「・・・上、見ちゃ駄目だからね」
 靴を脱いで、正ちゃんの肩に乗る。その上で、木に捕まりながらそろそろと立ち上がる。
「じゃぁこっちも立つぞ」
 こっちが立ち上がると同時に、正ちゃんが声を掛けてきた。・・・・なんでこんなタイミング良く分かったんだろう。まるでスカートを履いてないような心細さを感じながら、そろそろと木が下がっていくのに合せて手を動かしていく。
「どうだ、届きそうか?」
「うん」
 手を伸ばせば届く所にきのこがあるのを見て、私は、そろそろと水晶柱を持った手を伸ばす。水晶柱を近づけると、赤い光がきのこから伸びて水晶柱に入っていく。
「まだか?」
「ん、もう少し・・・」
 私の目に、赤い光りの帯が少しずつ細くなって行くのが見える。
 赤い光は、そのままどんどん細くなっていき、糸ぐらいになった所で、きのこ側から切れて、水晶柱に消える。
 それと殆ど同時に、私を浮遊感が襲った。いきなり足元の正ちゃんの肩の感触が消え、周囲の風景が、格子状にバラバラになって、下から順に真っ暗な世界に落ちていく。
 世界が消え去ると同時に、今度はどこからとも無く、雷鳴が響き、巨大な光の竜が、すぐ側を素通りしていく。こればかりは、いつまで立っても慣れようが無い。私は、

ドォォォォォン・・・・ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・

 ・・・・わ、私は、雷が大の苦手なんだ。後は過ぎ去るまで、耐えるしか無い。
 私は自分の体と一緒に、暖かい何かを抱きしめた事にも気づかなかった。



「おかえりなさい」
 その声に目を開けると、そこは元の通学路だった。足元もしっかりしている。どうやら無事に帰ってこれたらしい。
 顔をあげると、目の前には、赤くそまった沙亜ちゃんが居た。こっちの世界は、もう夕方らしい。
「あ、ただいま」
「こんな道の真ん中で恥ずかしくないの?」
 唐突な沙亜ちゃんの問い。私は、良くわからずに答えに詰まる。
「恥ずかしくないね」
 正ちゃんの声は、すぐ頭の上で聞こえた。
 振り向こうとして振り向けないのにようやく気づいた。
 しっかりと私の体を抱きしめる腕を、私は自分の体ごと抱きしめていたんだ。
 私の顔は真っ赤だったと思う。慌てて振りほどこうとしても、その腕が緩む気配はない。
「こいつは俺が守るって決めたからな」
 私は動けないまま、沙亜ちゃんから顔を隠すように俯く。
 何ともいえない時間が過ぎていく。時間の流れが遅くなり、その間に、正ちゃんの言葉が、やっとその言葉の意味にまで理解が届く。
 其の後の事は良く覚えていない。
 覚えているのは、「熱いわねぇまったく」とかぼやきながら帰っていく沙亜ちゃんの後ろ姿と、赤く染まったいつもの風景だけ。
 その後は・・・・・・・・・・・・・・・秘密です。

 
〜 End 〜