ルザリアナ 

by ron


これは、浅葉さん作のプロットをもとに、ronが書いた小説です。

◆ 白の町の少女

   うっすらと白い世界の中に、黒い影が浮かびあがりはじめる。明るくはなってきているものの太陽は、まだ顔を見せない。

   コトン コトン  コン コン コトコトコトコココココ・・・・

 どこからか小さな小さな歯車がかみ合う音が聞こえ始め、そしてまるでその音に導かれるかのように、太陽がゆっくりと黒い影を吹き払った。

  トミア

 この町はそう呼ばれている。年の大半を、無限無形の魔力の一形態である真っ白な「マナの霧」と「マナの煙」に包まれた、純白の町だ。
 そんな、まだ誰もが眠りについている時間に、町を貫く街道の一本で異質な音で平常をかき乱す者がいる。
 “煙霧”そう呼ばれる朝もやの中、足音の響きと共に、うっすらと浮かびあがったそのシルエットは、正装に身を包んだ男性のものだ。
 名をラシェンと言う。
 青年としてはまだ若いが少年と言うほどは幼くはない。金髪を襟元で揃え、品のある落ち着いたスーツを着こなし、手元には黒光りのするステッキをかけ、足元は綺麗に磨かれた革靴、羽織っているマントはマイナ────マナの霧から作り出した繊維────製の高級品、そのような様相で周囲を見まわしながら歩いている様子は、すす汚れた建物の多いこの辺りでは、彼を周囲から浮き上がらせる役にしかたっていない。そんな装いにしろ、時々手にもった紙片に視線を落すところにしろ、彼がこの辺りの地理に疎いのだろう事を想像するのは容易なことだろう。
 そうこうしているうちに、目印を見つけたのだろう。ラシェンは、細い路地を曲がり、通りから外れた。
「・・・このあたりのはずだが・・・・」
 更にいくつもの角を曲がる。呟きがもれたのは、通りを外れてからかなり後の事だ。周囲は、すす汚れたと形容するには生易しい程に荒廃した雰囲気で、とても彼のような人間が、わざわざ訪れるような場所ではない。
 そしてこの街にも、そう思っている人間がそれなりにいるようだ。
 ゆっくりと日が昇るにつれ、晴れ始めた白い世界の中から数人の人影が浮かびあがる。いつの間にやらラシェンは、その人影達に取り囲まれていたようだ。
 正面の人影が口を開き、背後からの声が追従する。
「よぅ、兄さん。ここはあんたみたいな奴が、出入りするような場所じゃないって気づいてるか?」
「まぁ入るだけなら勝手だがよぉ」
 高い低いはあるものの、どちらの声も笑いを含んでいるのは間違いない。そして濃い煙霧の中、周囲からの含み笑いがラシェンに囲まれている事を教えてくれる。
「とりあえず、身につけているものを全て外してもらおうか」
 その言葉と共に、正面の人影が、腰の後ろから何か棒状のものを引きぬき、周囲からは、刃物のこいくちを切る音が響く。
 そんな中、ラシェンはと言うと、俯きがちに少し考えこんでいたが、包囲網がじりじりと狭まり始めると、ようやく顔をあげる。
「ちょうどよかった。道を尋ねたいん・・・ですが」
 話の途中で、笑顔のまま飛んできた投げナイフを弾く。その手に握られたステッキは一見して木製のようだが何か特殊な加工でもしてあるのか、傷一つついていない。
「いきなり“これ”とは穏やかじゃないですね」
 少し困ったように微笑みながら、持っていた地図を器用に片手で折りたたむと内ポケットにしまう。 「こっちは、ボンボンの冗談に付き合ってる暇は無いんでな」
 言葉の通り、周囲の“煙霧”がさらに薄まる時間すら待たず、顔の半分を髭が覆った痩身の男が足音を立てずに歩み出る。
「次はない。身につけている物を全てはずせ」
 髭の下から、低めの声で警告が発せられる。その男の手には細身の短剣がそれぞれ握られている。
「そうはいかないんですよ。こちらにもいろいろと事情がありまして・・・」
 返答の途中で、男の持つ二本の刃が音もたてずに持ちあがる。
「馬鹿が」
「・・・ルザロ殿に会うまではね」
「なに!?」

 同時だった。
 男が怯むのと、周囲がざわめくのと、そして閃光が周囲を塗りつぶのは。
 まるで大地が喋ったかのように低く、しゃがれた声が空気を震わせる。

 『オードマン! 私の客に手をだそうとは良い度胸だな!』

 誰も、何も、見えない世界で、怒声が響きわたる。
「ま、まってくれ俺達は何も知らなかった・・・」
 髭の男の弁解がラシェンにも聞こえてくるが、視界は完全に白一色に塗りつぶされていて何もみえない。
 そんな中、何者かが唐突にラシェンの手を掴んだ。
「暴れないで。こっちよ、早く!」
 とっさに振りほどこうとする彼の耳に囁き声が聞こえる。その少女のような声に少し冷静さをとりもどす。
「急いでってば!」
 その声に焦りの色が見え隠れする。その事に気づくと、ラシェンはとりあえずこの声の主であろう人物の引くにまかせて駆け出した。
 走り出すとすぐに視界が開けた。間違いなくラシェンの前を走っているのは、小柄な少女だ11、2歳ぐらいだろう。むき出しの四肢はほっそりとしていて白く、長い金色の髪をなびかせる様は妖精にも思える。少女はこの辺りの地理を熟知しているらしく、入り組んだ道をまったく躊躇せずに走りつづける。
 どれほどの時がたったのか。日は完全に顔をだし、煙霧もほぼ晴れ、雲一つない真っ青な空が広がっている。
「あそこよ」
 ようやく足を止め少女が指差した先には、一枚の古ぼけた看板らしきものが下がった廃屋がある。看板の字がかろうじで『ルザリアナ(大地の宿りし場所)』と読めなければ、本当にただの廃屋にしか見えないだろう。大地から湧き出す魔力を紡ぎ出す、魔導師の店である事を示す場合に一般的に使われる言葉だ。
 少女は、肩で息をしていたが、ラシェンがその看板に気づいたのを確認すると、掴んでいた手を離してその廃屋へと向かう。
「何してるの?」
 ラシェンがふと気がつくと、少女はその廃屋の入り口からこちらを振り返っている。どうすべきか躊躇するラシェンに、少女はおかしそうに笑う。
「ルザロに用があったんじゃないの?」
「ええ、その為に・・・」
 少女は返事も聞かずに中に入ってしまった。ラシェンは返事を途中で飲み込むと軽くため息をつきその後を追って廃屋の入り口をくぐった。
「ほぉ・・・・」
 中に入って最初に驚いたのは、その内装だった。きちんと整えられた室内、壁は木目が浮かび上がる削りだしの一枚板、部屋を囲うように位置するランプから湧き出る光が、煌煌と室内を照らし出す。置いてある家具のたぐいも並みのものではない。ソファーも机もサイドボードも壁にかけてある絵画も他すべてのものが、ラシェンの目から見ても、超がつかないまでも一流と言えるだけの物がそろっている。
 外見を見ていてすら、自分がどこに居るかわからなくなってくる。
「紅茶でいいよね?」
 眼を見張っていたラシェンに少女が声をかける。少女はその手にティーセットを持って部屋に入ってきた。
 この時、ラシェンの意識が始めて少女に向かう。
 美しい少女だった。金髪碧眼、線の細い顔立ち、はっきりとした目元、意志を宿らせる眼の輝き、朱に染まった小さめの唇、しなやかな肢体、細く長い手足。よっぽど特異な趣味の持ち主でない限り美少女と認めるだろう。
 着ている服にしてもこの辺りには似つかわしくない上質の生地をつかった手のこんだものだ。
 少女は、観察するラシェンに気づかぬかのように、ソファーに腰を落ち着けティーポットからカップに紅茶を注ぐ。部屋の中に紅茶特有の穏やかな香りが立ち込める。察するに着香紅茶なのだろう。一つを自分の向かいに置くと、もう一つのカップにも同じように注ぐ。
「あ、マントと杖はそこに掛けとくとこあるでしょ?」
 ラシェンはそう言われて、マントと杖を掛ける。その掛け具も彫刻の一部になるように掘られた、手の込んだ物だ。
「ここはルザロ殿の住居なのかい?」
「そうよ」
 振り返ったラシェンの問いに、少女はティーポットをトレイに戻しながら答える。
「では、ルザロ殿に取り次いでいただきたい。私はラシェン」
 向かいの席を身振りで勧められ、ソファーに腰を下ろしながら少女に頼む。
「報酬に糸目をつける気はありません。ぜひとも頼みたい事があって参上しました」
 だが、少女はと言うと優雅に紅茶を口に運んでいる。ラシェンの言葉を気にしたようすもない。
 しばらくは返事を待っていたラシェンだったが、少女が2杯目を注ぎはじめるに当たり痺れを切らして口を開く。
「ルザロ殿に取り次いでもらいたい。私は暇を持て余してるわけでは・・・」
「砂糖を忘れた」
 ラシェンの2度めの言葉を少女は呟きで遮り、何とも無しにその手を横へと伸ばす。その手の動きを追ったラシェンの眼に移ったのは、細い指に幾重にも絡み付く十数本の半透明の糸だ。何処からか紡ぎ出された輝く糸を、少女は細かな指の動きと流れるような腕の動きで織り上げる。
 カップの上に戻された手には小さな正方形の固まりが一つ。少女は、その固まりを紅茶に落とし、ティーセットからスプーンを取り出すと軽くかき混ぜた。
「物質化・・・・」
 話だけは聞いた事がある高位魔法。
「私の名はルザロ。もし貴方の探しているルザロが、ルザロ・パリテューンならば、お目当ては貴方の目の前にいるわよ? ラシェン・フューリアズ伯爵公子閣下」
 少女───ルザロは、息を呑むラシェンの様子にクスクスと笑う。
「・・・・たしかルザロの名が知られ始めたのは5年近く前だと・・・」
「私、これでも18よ。つまり貴方と一つ違い。私がこの仕事を始めたのは13の時だから計算はあってるわね」
 まだ信じられないのか、呆然としているラシェンを、ルザロは微笑みを浮かべながら見物している。
「・・・・珍しいお名前ですね」
 しばらくして、事実を受け入れたのか、ラシェンが一息ついてつぶやく。
「悪かったわね。“大地”なんて男らしい名前で」
 その呟きに、ルザロが顔をしかめ怒ったように言い返す。
「でも、ルザロと言う言葉は古代神霊語で“大地母神”を示す言葉だから、本来は女性名詞なんだからね」
 気分を害して、こまかく説明する所を見ると、年齢はともかく名前にはコンプレックスがあるらしいですね。そんな事を考えながらラシェンは、非礼をわびる。
「まぁいいわ。とにかく本題に入りましょう」
 ルザロは、少々不貞腐れたように話題を変える。
「それで、私に何の用なの?」
「私に魔法を教えていただきたい」
「何の為に?」
「・・・言わなくてはいけませんか?」
 ルザロの問いにラシェンの言葉が詰まる。
「言いたくなければ別にいいわよ。どうせ教えられないし」
 申し訳なさそうに言うラシェンとは対照的に、ルザロの方は気軽に答える。
「わざわざ出向いてきたって事は、どうせ短期間でって事でしょ? 私でも魔法が実際に使えるようになるまで修行初めてから5年掛かった。そう言われなかった?」
 しばらく場が沈黙する。
「・・・本当に全てお見通しのようですね」
 沈黙を破ったラシェンの顔には苦笑が浮かび上がっていた。
「城の魔導士にも同じ事を言われました。まぁ彼は10年かかったと言っていましたが・・・」
「彼は魔導士として平均的な能力は持ってるわよ。私が例外なだけ」
「わかっています」
 ラシェンが真剣な表情でうなずく。
「彼の能力を疑う気はありません。だが、今回は相手が悪かった・・・」
「相手?」
「理由をお話します。どうか貴女の力をお貸しいただきたい!」
 再び沈黙が場を包み込む。ルザロはしばらく考え込んでいたが、無言の圧迫に耐え兼ねたのか、軽くため息を吐く。
「・・・・とにかくその理由を聞かせてよ」
 ラシェンは、その答えに少し表情を緩めると、理由を話し始めた。

 話が終わった時、日は天頂に差し掛かろうとしていた。
「難しい事を・・・」
 それが、話を聞き終えたルザロの第一声だ。
「聞かなければ良かった。そうすれば悩まずにすんだのに・・・」
 少し恨めしげに、話をもってきた男を睨むが、その視線もすぐにソファの上にあげられた足が遮る。ルザロは両膝を抱くように丸まって顔をかくす。
「・・いえ、悩むことも無いわね。どうせ逃げられない」
「・・・・あの、私にもわかるように話していただけませんか?」
 多少ルザロの方から視線を外しながら、ラシェンは肩を落とす彼女に問い掛ける。
「・・・・・・貴方は運がいいって話・・・・・・」
 暫くの沈黙の後、ルザロが姿勢を変えずに、呟くように答える。
 ラシェンは、その答えに解ったような解らないような表情と無言で答えるしかない。ルザロは、そんなラシェンの様子に微笑みを浮かべ。
「魔法は教えられないけどね、その魔性、私が払ってあげる」
 顔をあげると、ルザロはまるで自分に言い聞かすように、そう答える。
「本当ですか!?」
 その言葉に、まっすぐ詰め寄りそうになったラシェンは、慌てて身を引き視線をそらす。そんなラシェンをまっすぐに見たままルザロは黙っていたが、しばらくするとおずおずと口を開いた。
「・・・ねぇ。魔性って何か知ってる?」
 何気ない問いかけのように聞こえる。だが、それはとてつもなく重い一言だった。男にとっては何も解らないが故に、少女にとっては全てを知っているが故に。
「私でも、魔性の相手はさすがに荷が重い。彼らは魔法を使うから」
「だから魔性と呼ばれるのですか?」
 ラシェンの知る限り、人間以外で魔法を使いこなすのは魔性だけだ。
「魔性はね。魔法使いのなれのはてなの」
 その言葉がラシェンの心に染み入るのに暫く時間がかかった。
「なっ!?」
「と言ってももう人間ではないわ。あれは死者なの」
 そしてルザロはゆっくりと話し始めた。飽く事無き欲望に身を委ねた魔導士のこと。それらの魔導士の怨念が魔性と化すこと。高位の魔導士には“それ”を打ち払わなければならないと言う義務を持つこと。その義務が実は、ある一定の能力に達すると発動する呪いであること。打ち払うのに失敗して死んだ魔導士も少なくはないこと。そして、そうして死んだ魔導士もまた魔性と化すこと。その事を知っているのは魔導士だけであること。
 そこまで話終わった時、街に正午を告げる鐘の音がひびきわたった。
「・・・それでも、私に頼む?」
 そう問う、ルザロの青い瞳は揺れ、その幼い顔には寂しそうに微笑が浮かんでいる。
 ラシェンの頭の中をたった今聞いた話と、ルザロの先ほどの様子が駆け回る。
 こんな話を聞いて頼む者が果たしているのだろうか?
 これは呪いだルザロはそう言っていた。であるならば、もし断れば彼女はたった一人で魔性に挑むのだろう。魔性は屋敷にあらわれるのだから、断ってもルザロは来ざるえない。そして、それは屋敷の警備の者達も敵に回して戦うと言うことだ。たった一人で・・・・・。
「報酬の件ですが、幾らがよろしいですか?」
 ラシェンの言葉に、ルザロは答えない。
「相手が魔法使いであるならば、こちらの魔法使いの数は多いに越したことは」
「いいの?」
 呟くようにルザロが言葉をさえぎる。
「私を雇わなくても、私は払いに行く。魔法使いの数は変わら」
「それは私への侮辱ですか?」
 こんどは、ルザロの言葉をラシェンが遮る。
「生死の関わる戦いに赴かせるように仕向けておいて、断ると?」
 ラシェンの視線とルザロの視線が真っ向からぶつかる。
「・・・ごめん」
 暫くの沈黙の後、ルザロが視線を落とした。
「ご理解していただけたようでなによりです」
 相互をくずすラシェン。
「受けていただけるのであれば、暗くなる前に城におこしください。門番には話を通しておきます」
 ラシェンはゆっくりと立ち上がると、掛けてあったマントをはおり杖を手に取る。
「では、後ほどお会いしましょう」
 ラシェンは最後にちらりとルザロに視線をやると、軽く一礼すると、ゆっくりと扉を開け出て行った。

 それから暫くして・・・。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 静けさの中、ルザロの唖然とした声が響きわたった。



つづく