宵闇眩燈草子 外典

by 龍童真君





第一章


 朝、珍しく起きだしてみると、家の前に何やら置かれており、犬が慌てて逃げ出していく最中だったりする。
 赤子が入るぐらいの籠で、中には、白い布に包まれた、何かが入っているようで、俺はと言うと、とりあえずそれを持って、家の中に入った。
 このような商売をしていると、何故だか、家の前に変なものが置かれていたりすることは、珍しくはなく、大抵は、そのまま、葬儀屋に直行するような物が殆どで、なぜそちらの前に捨てぬのかと不思議に思ったりもする。
 さて、出てきた物だが、それが赤子だったりするのは予想どうりではあるが、これが、布を開いたとたん元気良く泣き出したりするのは、稀に見る現象であり、その横に、『この子を、よろしくお願いします』などと一筆そえてあったりするのを見つけると、冷や汗を拭く手ぬぐいが欲しくなるものである。


「あらまぁ。何時の間にこさえたんだね?」
 何時の間にか、部屋に上がりこんでいた女に、背後から声をかけられ、慌てて木下 京太郎は、背後を振り向いた。その目に、未だこの地ではまだまだ珍しい部類に入る眼鏡をかけた、和服姿の上品な娘が肩袖で口元を隠して意外そうな表情を浮かべている。
 京太郎の目の前にある玄関より入り、京太郎の背後に回り込んで声を掛けた“はず”であるこの娘、名を麻倉 美津里と言う。古物店“眩桃館”をその細腕で切り盛りする、女店主ではあるが、細腕だけで切り盛りしているわけではなく、いろいろに謎の多すぎる人物であったりする。
「よしよし、泣かない泣かない」
 美津里は、唖然とする京太郎を無視し、籠の中の赤子を取り上げる。少しあやしてやると、すぐに赤子は泣きやみ、静かになる。
「・・・おまえ、子守りなんぞできたんだな」
 意外にも、器用に赤子をあやす美津里に、京太郎は、驚きの目を向ける。
「なに、昔とった杵柄って奴でね。弟妹の世話をさせられたりしてた」
 からからと笑いながら美津里が答える。
「さて、それで本当の所、どうしたのだね」
 慣れた手つきで、赤子の衣を脱がせながら美津里は、京太郎へ尋ねかける。
「お、女の子」
 それだけ確認すると、美津里は、また赤子を衣に包みなおす。
「朝、目が覚めて玄関に出たら、うちの前にあった」
 京太郎は、大きくため息をつきながら美津里に答える。
  「じゃぁこの赤子。私にくれないかね? ・・・何なら買ってもいいが」
「・・・どうする気だ?」
 なんとなく嫌な予感がしたのか、恐る恐る京太郎が、美津里に尋ねる。
「赤子は、薬・・・」
 そこまで美津里が答えたところで、あわてて京太郎が籠ごと赤子を引っ手繰る。
「おまえなぁ〜」
「今まで捨てた赤子や、摘出した水子とどこが違うかね。不実はいかんよ」
「あれ等は、どうせ助からなかった。偽善だと言うんだろうが、俺の健全な夢見の為にも、元気な赤子を、食われるとわかってわたせるか」
 嫌そうにしながらも、赤子を籠に入れて、机の上に戻す。赤子はと言うと遊びだとでも思ったのか、キャラキャラと元気に笑っている。
 美津里は、面白そうに京太郎を見やる。
「なんなら分けてやらんこともないのに」
「いらん!」
 京太郎の脳裏に、先日起きた騒動が浮かぶ。駆け落ちに失敗して連れ戻され、無理やり堕胎させられた遊女の怨霊が、子を取り返す為に、薬と偽って飲ませてみた京太郎の顧客を殺しまくると言う事件が。慌てて、そうすれば忘れるかのように、頭を振る。
「ところで虎の字はどうしたのかね? ついこないだまで、そこいら辺でごろごろしていただろう」
「一週間ほど前に、南で稼いでくるって言って出てった」
 どこからか取り出した、西瓜の四半分を切り分けながら、尋ねてくる美津里に、京太郎は、その時を思い浮かべながら答える。
「喰うかね?」
「あぁ」
 そんなこんなで、風鈴の音を聞きながら、美津里の差し出した西瓜を相伴していると、ふと思い出すことがあった。
「ん? そういえば、一週間ほどで帰って来るって言ってたな」
 長谷川 寅蔵が、仕事で出かける場合、たいてい月単位で居なくなる。京太郎も良く知らないが、世界中を飛び回っているらしい。ただ、その虎蔵が、たった一週間で帰ってくると言うのは、結構、いや、かなり珍しい。
「一週間とは、虎の字にしては珍しいやね」
 縁側に腰をかけていた美津里が、西瓜にかぶりつくのをやめて、京太郎に向き直る。
「何か、言ってたかい?」
「いや、特に何か聞いた・・・・・覚えは無いな」
 こちらは、胡座をかいた姿勢で、西瓜にかぶりつきながら答える。
「ふん・・・まぁいいか。そういうことなら、また明日にでも来てみるかね」
 美津里は、そう言って腰をあげた。
 西瓜の皮は、そのまま地面に放る。と、すぐに小鳥達が飛んできて、ついばみはじめる。美津里は、しばらくその様子をながめていたが、
「そうそう、一つ忠告だが・・・」
 その小鳥達から目を離し、美津里は、京太郎を見遣る。
「光源氏計画には、若すぎると思うぞ」
 その言葉に、西瓜を詰まらせて咽る京太郎を尻目に、美津里は、カラカラと笑いながら帰っていた。

 翌日

「いやいや。真逆、本気だったとは」
 一晩で3歳ぐらいに成長した少女を前にした美津里の言葉に、京太郎は、机に突っ伏したまま、何も答えなかった。


続了